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弁護士日記

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2020年05月31日

5月31日付けの産経新聞によれば、アメリカは、中国が国家安全法の香港への導入を決めたことに対する対抗措置として、香港に認めてきた関税などの優遇措置を見直す手続に着手したと報道された。香港の優遇措置を撤廃するということは、紙面によれば、「香港にも中国本土と同じ対中関税が課され、中国に打撃となるという。私はこの分野の専門家ではないので、仮にそうなった場合に、現実にどのような悪影響が中国に及ぶのかは分からない。
 アメリカがこのような方針を打ち出した原因は、いうまでもなく「国家安全法」を香港に適用することを、香港ではなく、中国が決めたことに帰着する。昔、1997年に、鄧小平時代の中国は、サッチャー政権下の英国と合意をして、香港を中国に返還した。その際、「一国二制度」の確約を鄧小平は行った。50年間は、一国二制度を保障するという条件で、イギリスも同意したのである。50年間は香港に高度の自治を保障するという約束だった。
 ところが、中国は、その約束を破って、香港政府の頭越しに、北京が、香港に対し国家安全法を適用することを決めたのである。しかし、仮にそれが現実のものとなれば、結局、香港と中国は同じということになってしまう。一国一制度になってしまう。とすれば、共産党の独裁国家の仕組みが、香港にも及ぶことになる。
 つまり、中国共産党という悪魔のような存在が、香港全体に波及し、香港人には、言論の自由もなければ、集会の自由もなくなる。放送の自由ももちろんない。民主主義は完全に破壊される。いわば香港人の全体が、ダークな暗黒国家に組み入れられてしまうのである。香港人は、以後、中国本土の人間と同じような、惨めで過酷な共産党の支配を押し付けられるということになってしまう。
 「中国共産党反対」と叫んだだけで、警察に逮捕され、場合によっては行方不明者とされてしまうのである。そんなことは御免であると感じた香港人は、今、必死になって、一国二制度の死守を叫んでデモを行っているというのが現状であろう。
 さて、わが国の立場であるが、菅官房長官は、「香港の情勢を深く憂慮している」と述べるにとどめた(上記産経新聞3面)。先例重視・事なかれ主義・旧態依然の頭の固い外務省であるから、余り強い表現をとるとわが国の国益に沿わないという、例のごとく的外れの考え方を採用し、その立場から、上記のような「深い憂慮」というような曖昧な表現になったのではないかと推測する。
 しかし、これはおかしい。理由は次のとおりである。
 (1) たとえ、中国と英国の間の条約であっても、国家間の条約であることは間違いない。仮に合理的な理由もなく、国家間の合意を破っても何ら非難されないということになってしまうと、今後、わが国が中国と重要な条約を締結する際にも悪影響が生じること。つまり、国家間の約束など破っても、日本という「優等生国家」・「お人好し国家」・「性善説国家」・「文句を言わない大人しい国家」は、何をやっても全く強い態度に出て来ないと、バカにされることになるからである。
 そろそろ、わが国も、押し付け憲法の前文が描くような、おとぎ話的な国家観から脱却する必要がある。世界の国々は、油断も隙もない腹黒い国ばかりであるという現実主義に立つ必要がある。
 特に、中国などという国は、当面、世界で一番警戒をすべき国であることは、間違いない。中国共産党の描く「中国の夢」とは、要するに「他国の隷属」ということであり、中国、というよりは中国共産党さえ良ければ、他国がどんなに酷い目にあろうと、全く関心がないということである。中国は、歴史上、最悪の全体主義国家である。
 (2) 日本の安全保障のかなめは、アメリカとの防衛協力である。この点は、野党第一党の立憲民主党であっても否定できない大原則である。重要な問題の解答は、何も専門の学者が論じるような難解なものではなく、また、細かい専門知識も要らない。普通の高校生程度の歴史知識があれば、だいたい正解に到達することができるのである。
 第二次世界大戦が起きた原因は何か?いろいろな分析ができるであろうが、簡単に言えば、軍備を増強したドイツが、一発逆転を狙って、ヒットラーの指揮の下、軍事力の弱い国々に侵攻したことが発端である。なぜ、軍事力が弱い国が狙われたのかと言えば、それらの国々は、簡単に制圧することができるからである。
 ヒットラーは、「間違いなく戦争に勝てる」と判断したからこそ、戦争という手段に出たのである。最初から負けることが分かっている戦争を、あえてしたとは考え難い。
 しかし、軍事力が相当程度あったソ連や英国は、ドイツからの攻撃に対し、何とか持ちこたえ、終わってみれば、戦争に勝利している。ここでは、アメリカの参戦が非常に大きかったというのが、我々日本人の常識ではなかろうか。仮にアメリカが参戦していなかったら、英国もソ連も勝利できたかどうかは分からない。
 さて、現在、日本には核兵器がない。中国には、少なくとも数100発の核兵器があると言われている。また、通常兵器も、昨今では中国が日本を圧倒している。そうすると、全体主義国家である中国は、「押し付け憲法にがんじがらめに拘束されている日本など、今攻撃を開始すれば簡単に勝てる。日本国内の反日勢力を焚きつけて、改憲反対という声を継続させることが中国にとって好ましい」と考えている可能性が高い。
 そこで、大方の意見とは、日本とアメリカが防衛面で緊密に協力すれば、中国がおかしな気を起こさないようにさせることができ、また、仮に現実に中国が尖閣諸島や沖縄本島に侵攻を開始した場合も、共同防衛をすることで撃退することができる、というものであろう。
 そうすると、決定的に重要となるのは、アメリカの防衛協力を確保するためにアメリカの世界戦略に合致した行動を日本もとるということである。
 アメリカの世界戦略とは、一言で表せば、「中国をつぶす」ということに尽きる。中国をつぶして、二度と、アメリカに反抗しないような国に変えることである。丁度、戦前にアメリカが「軍国日本を叩き潰し、アメリカに反抗できない国に変えてしまう」と決断したのと同様である。
 以上のことから、日本は、八方美人であることはもはやできない段階に入っている。アメリカからすれば、「アメリカの方に付くのか、あるいは中国に付くのか、日本よ立場をはっきりさせろ」(Show the flag)ということである。
 結論を述べる。日本が、最悪の全体主国家である中国に与することは、地球がひっくり返ってもあり得ない。何だかんだと言っても、西欧型民主主義、自由、人権などを高く評価し、これらの制度を今後も維持しようという国々と共同歩調をとるほかないのである。
 日本は、中国に対し、はっきり物を言うべきであり、今回も、「深い憂慮」などという寝ぼけた表現ではなく、「国家間の約束を守らない中国を非難する」と明確に発信すべきであった。まして、独裁国家の親玉である習近平の国賓来日など、絶対に認められない。仮にそのような愚劣な計画を今後も安倍首相が遂行しようとするのであれば、即時退陣を求める以外にない。
 

日時:19:19|この記事のページ

中国を世界から締め出せ

2020年05月19日

 2020年1月、武漢ウイルス(いわゆる新型ウイルス)が中国から発生したことが公になり、瞬く間にウイルスが世界中に拡散し、世界各国は、2020年の2月から5月にかけて、大きな苦痛と被害を受けた。
 ここで重要な事実とは、新型コロナウイルスは、中国から発生したということである。この点は中国が何を言おうと消し去ることができない事実である。ところが、中国は、中国の忠実な飼い犬であるテドロスが事務局長を務めているWHOに対し、パンデミックであることを宣言するタイミングを遅くせよと圧力をかけた。
 理由は、本日のテレビ報道によれば、感染が発生した初期の段階で、中国は医療用品を世界から大量に輸入しようとしたためであると言う。分かりやすく言えば、WHOが、パンデミックであることを早期に宣言すれば、中国が他国から医療用品を輸入しようとしても、各国も、医療用品の輸出を制限する姿勢に転じ、結果、中国が輸入できずに困るということである。
 テレビ報道がどこまで信用できるかの点については、疑問がないわけではないが、伝統的に嘘の拡散と自己中心的な考え方が特徴の中国のことであれば、この報道はほぼ間違いないものと考える。
 本日の産経新聞によれば、WHOの年次総会に、台湾がオブザーバーとして参加を希望しても、中国はこれに反対し、台湾の参加を阻止しようとしている。中国という国は、昔から狡猾で自己中心主義の国である。悪知恵が働くことは世界で一番である。それに加え、第二次世界大戦が終わった後は、中国共産党というとんでもない体制が、この国を動かしている。
 現在、アメリカのトランプ大統領が、中国の勝手極まる行動を阻止しようと動いている。しかし、日本の与野党の議員の姿を見た場合、事なかれ主義に固まっているとしか思えない。国語辞典で定義を調べると「なるべく面倒なことを避け、平穏無事に物事が進むことだけを望む、消極的な態度」とある。
 本来であれば、日本は、アメリカ、英国、フランス、ドイツ、カナダ、オーストラリア、ニュージーランド、台湾、インドなど、いわゆる西欧型民主制度を善と考える「まともな国」と積極的に連携し、中国のような独善的かつ全体主義の強権国家を交際仲間から完全に排除するべく行動することが求められている。
 ところが、日本政府(安倍総理大臣)は、昨年、中国という中央集権国家の首席である習近平を国賓として日本に招待しようと計画していたという事実がある。しかし、習近平の国賓来日など、絶対に認められない。
 理由は簡単である。仮にそのような愚劣な行動を日本がとった場合、世界のまともな国が、日本を誤解する懸念があるためである。また、中国としては、習近平が、わが国の清々しい精神を象徴する存在である天皇陛下に会見できたというニュースを、最大限、中国のイメージ向上のための宣伝工作に利用するに違いない。
 分かりやすく比喩すると、一昔前は現にあったと聞く、暴力団の最高幹部が、地元の市長と会見し、写真をとって各方面にばらまき、地元における暴力団の威光を増そうと画策するのに似ている。
 尖閣諸島周辺のわが国の領海に対し、中国が、しつこく公船を侵入させるその目的とは、力による現状変更である。つまり、アメリカの向こうを張って、太平洋に進出することを狙う中国にとって、日本領である尖閣諸島は、非常に目障りな存在である。邪魔な障害物である。
 そこで、日本から尖閣諸島を奪ってしまえば、何ら支障なく太平洋上に進出できる、という算段である。
 日本の領海を他国が侵犯しようとする行為は、国家の主権に直結する重要な問題である。検察官の定年延長の問題については攻撃の手を緩めようとしない左翼政党は、なぜか尖閣諸島の領海侵犯という、より圧倒的に重大な問題になると、一転して口をつぐんで何も言わなくなる。思考停止状態に陥る。一体原因は何であろうか?
 冷静な議論を通じてではなく、力の行使、プロパガンダ・嘘の拡散、外国世論に対する不当介入・操作、事実の否定、情報の隠蔽、他国科学技術の窃盗、少数民族の弾圧など数えきれない悪事を働く中国は、今後、自由世界の貿易ネットワークから完全に排除する必要がある。
 具体的には、人権の尊重、自由民主主義体制の維持などの価値観を共有できる国とだけ、経済的な結びつきを強固なものとして、中国をその自由貿易のネットワークから排除する、つまり中国とは貿易をしないという世界体制を着実に整備することが望まれる。
 ここで、反対論者の方から、「仮にそんなことをしたら、窮地に追い込まれた中国は逆上して戦争を仕掛けてくるかしれない。だから、無用の刺激を避けるべきである」という意見が出よう。しかし、このような意見は間違いである。そのことは国内の暴力団との関係を考えれば分かる。いまどき、「暴力団と共存しましよう」などと唱える人物はいない。それと同じである。現在は「暴力団の排除」が常識である。
 将来、中国が日本に対し、戦争を仕掛けてくる可能性がある以上、日本国の防衛力を、今後は、従来のペースを上回る勢いで着実に整備する必要がある。さらに、「まともな国」=西欧民主主義国家との防衛協力も進めてゆく必要がある。より重要なのは、事なかれ主義の象徴とも言い得る憲法9条を改正することである。そもそも悲惨な戦争を現実のものとしないためには、戦争を抑止する装置が必要である。それが、陸海空軍という抑止力=戦力なのである。
 憲法9条が、いくら一方的に「戦争を放棄」しても、そのようなことは戦争を抑止する上では全く無意味である。憲法9条は、現実逃避の病的精神に満ちた、「事なかれ主義」の最たるものというほかない。すぐに改正する必要がある。
 今後、中国が日本に対する攻撃を開始した場合、その防波堤となって国民の命を守ってくれるのは自衛隊(自衛隊員)であって、国会で議論にふけることしか能がない国会議員ではない。今回のコロナウイルスの件に例えれば、国民の命を守ってくれるのは、現場で奮闘する医療機関(医療従事者)であって、やはり国会議員ではない。
 憲法9条という「お札」など、中国の攻撃を阻止する効果はゼロと言う以外にないのである。

 
 

日時:14:56|この記事のページ

ルトワック氏の見解を読んで思ったこと

2020年05月09日

 本日付けの産経新聞を読んでいたら、一面に、エドワード・ルトワック氏(以下「ルトワック氏」という)の見解が掲載されていた。ルトワック氏は、アメリカの歴史学者であり、世界的にも著名な人物である。
 私も、過去に氏の著作を数冊読んだことがあるが、その着眼点の斬新さまたは的確さに驚いたことがある。私の評価では、高い信頼の置ける人物のひとりである。なお、同日付けで、岐阜新聞には、アメリカの政治学者であるイアン・ブレーマー氏の「コロナ後の世界」についての見解が載っていたが、私は、かねてよりこの人物の意見には疑問を持っている。ほとんど参考にならない。物を見る軸が少しズレているように思えるからである。
 さて、ルトワック氏は、新型コロナ(武漢ウイルス)が世界に与えた影響について、EUは新型コロナへの対応に失敗したと言い、EUは今後、解体に向かって進むと分析する。この見立てが正しいものか否かは、余りにも大きな問題であるため、私には予想が付かない。
 しかし、すべての物事に共通することであるが、社会において一定の有益な目的があると(一例として、金儲けをしたいという目的ないし欲求)、その有益な目的を実現するために、人間は力を注ぐ存在である。EUも何らかの有益な目的があって初めて存在する価値が認められる。仮に欧州各国がEUとしてまとまっていても、ほとんど各国にとって有益でないのであれば、無理にまとまる意味もなく、解体に進む以外にないであろう。
 また、ルトワック氏は、中国について「新型コロナが人々の対中意識の変化を加速させる。誰もがウイルスは中国由来であり、中国当局が対応を誤ったことを知っているからだ」と述べ、また、米中対立についても、「トランプ大統領に有利に働くだろう」、「中国の同盟国はパキスタンとイランだけ」、イタリアも一時は中国側についたが、「イタリアは歴史上、間違った側について、後から態度を変えることで有名だ」とまで言う。そして、「一方、他の国々は中国に背を向け、米国に付いている」と分析する。
 中国の同盟国がパキスタンとイランだけという話には、やや疑問符が付くが(一例として、キム・ジョンウンが支配する北朝鮮は中国の同盟国ではないのかという疑問がある)、ルトワック氏の言わんとすることは大筋では間違いないと考える。
 日本のマスメディアなどを見ていると、勘違いというか、見当違いも甚だしい愚論をしばしば見かける。どういうことかと言えば、例えば、「日本は、中国と米国のせめぎあいを目の当たりにして、難しいかじ取りを迫られている」などという決まり切った論調である(NHKの記者などがよく言うセリフである)。実にバカバカしい限りである。
 なぜなら、中国は、共産党が支配する独裁国家・全体主義国家だからである。世界で一番警戒を要する問題国家である。真っ黒な国である。この国では、共産党の言うことが全部であり、評論家の石平氏流に言えば、「虚言癖」の国である。したがって、言うことの全部が信用できない。
 であれば、民主主義の基本に立って、アメリカ国民の選挙を通じて公正に選ばれた大統領が一国を代表するアメリカを支持する以外にないことは明白である。この点は議論の余地がない。
 日本は、西欧型民主主義を支持するまともな国々と連携して、中国という独裁国家の力を可能な限り弱めるよう努力すべきである。他国に対する侵略行為をする余裕ないし体力を奪うべく、今後、団結して行動する必要がある。
 日本は、米・中のどちらにも良い顔をすることはもはやできない相談と、そろそろ覚悟を決める必要がある。わが国固有の領土である尖閣諸島周辺のわが国領海への侵入を繰りかえすような、デタラメな国に対しては、毅然とした態度で臨む必要がある。中国という国は、威嚇によってわが国の主権を侵害しようとするような無法国家であるという正しい認識を持つ必要がある。たとえ今後1000年かかっても、中国の邪悪な意図を打ち破る気概をわが国民は持つ必要があると言えるのではなかろうか。
 ただ、その際、日本の防衛をどうするかという重要な問題に行き着く。このテーマについては、あくまでも私の知る限りであるが、弁護士で、まともな歴史認識を持っている人物はほとんどいない。ほとんど全員が素人のレベルである。
 そのくせ、周囲から「先生、先生」と呼ばれているため、勘違いする人物が出てくる。弁護士は、教員ではない。たかだか法律論について詳しい(法律問題については、国家資格のある専門家であり、一般人からの質問に答えることができる)というだけの存在であるから、本来は「先生」などと呼ばれる筋合いにない。せいぜい「〇〇弁護士」または「〇〇さん」と呼べば十分ではないのか。
 一番酷いのは、政治家を「先生」と呼ぶ悪習である。一体、政治家は、何の専門家なのであろうか?いいかげん、バカな政治家を「先生」と呼ぶことは止めにしたいものである。
 このように、弁護士は、法律家であっても、歴史家ではない。知っているのは法律理論だけであり、その他の分野にも造詣が深い弁護士など、あまり見かけない。司法試験の科目には、近代史の受験科目がない以上、歴史に関する知識がほとんどないのは当然と言えよう。
 昨今では、テレビのワイドショーなどにも弁護士の資格を持つコメンテーターがしばしば登場するが、一部の本当の識見を備えた尊敬すべき弁護士を除き、その他は、お笑いタレント並みのレベルにすぎない思っても良いであろう。そのような弁護士の発言は、ほとんど無価値であり、聞くだけ時間の無駄である。
 

日時:21:06|この記事のページ

特権階級を削減せよ

2020年05月07日

 武漢ウイルス(いわゆる新型コロナウイルス)による世界的な被害は、未だ終息の兆しを見せない。国会でも、特定の13地域については今月末までの緊急事態宣言の延長が決まった。
 世の中の多くの人々が、新型コロナウイルスの被害に苦しんでいる昨今、全く影響を受けない集団がある。それは国会議員である。国会議員は、現代の特権階級である。現代版「貴族」と言っても過言ではない。
 有権者の前では、庶民である国民に寄り添うような優しい顔をするが、一歩、舞台裏に戻れば、多くの議員は、「演技をするのも大変だね」、「ああ面倒くさい」と思っているに違いない。
 国会議員は、民間人と違って国からお金をもらって生活している身分である。憲法でも、国会議員は全国民の代表であり(43条1項)、国庫から相当額の歳費を受ける(49条)と規定されている。
 このように国会議員は、全ての日本国民のために、つまり日本国民の利益を増大させるために働く義務がある。ところが、国会議員の姿を見ていると、そのような理念とはかけ離れた姿が目に浮かぶ。
 与党、野党を問わず、国会議員の質がますます低下しているように思える。分かりやすく言えば、自分自身の、あるいは自分が所属する党派の利益を第1に考えて行動しているとしか思えない議員が増えたということである。
 なぜそうなったのか?理由はいろいろあろう。以下、思いついたことを上げてみる。
 (1)世襲議員が増えたこと。世襲議員とは、自分の親や祖父、あるいは親戚筋に当たる人物が国会議員をやっていたことがある議員である。世襲議員は、ほとんどダメ議員で占められているように思える。
 世襲議員は、親から、地盤、看板及びカバンを受け継いで、非世襲議員とは比べものにならない優位さをもって選挙に臨み、当然のごとく当選する。政治家になった主たる理由は、たまたま親が政治家だったということだけであり、最初から、何としても世の中を良くしようという熱意はないのである。大半の場合、代々の家業を受け継ぐという感覚でやっているだけのことである。
 世襲議員は、一般国民とは別格の優位さをもって大学に進学し、あるいは大学卒業後に会社に就職し、その後、親が引退する時期に国会議員という職業を引き継ぐ。
 選挙の戦術や有権者に対する訴えの方法などについては、選挙のベテランが丁寧に教えてくれる。候補者となった者は、当選マニュアルに従って、「皆様のために働きます。勝たせてください」などと叫んでいればよいだけである。選挙期間中にその者が負う労苦は、当選後の特権階級の自分を想像すれば、何ら苦痛ではない。
 (2)恵まれすぎている経済的環境を上げることができる。国会議員は、歳費(給与)年間1550円のほかボーナス640万円、文書通信費・交通滞在費1200万円、立法事務費780万円の計4170万円を受け取る権利がある。
 そのほか、議員秘書3人分の人件費、議員会館の自分の事務所費は国が負担してくれる。国会近くの宿舎は有料であるが、世間の賃料とは比較にならない低額の家賃で借りることができる。これらを総合すると、一年で8000万円程度のお金を受けている身分である。1年で8000万円の利益供与を保障されている人間は、全国民のうち、果たして何パーセントに当たるであろうか。正真正銘の特権階級・貴族階級というほかない。
 このような特権階級が、衆議院で465人、参議院で248人もいる。
 (3)仕事のノルマは特にないこと。ここで、はたと疑問が生じた。これほどの破格の待遇を受けている国会議員の仕事とは何か?憲法上は、国会は立法機関であるから、その構成員である国会議員は、本来であれば、立法の仕事に専念する職責があるはずである。
 ところが、国会に出席する、あるいは担当の委員会に出る義務はあっても、自分で何か法律案を作成する義務は全くない。行政府が作った法案を審議するという気楽な仕事があるだけであり、有体にいえば、委員会や本会議において、議決の際に、座っている座席から立ち上がるという動作を一瞬すればそれで済むのである。座席から立ち上がるだけで、法外な報酬が保障されるという恵まれた稼業ということである。
 しかし、それだけでは有権者に全くアピールすることができないので、委員会において、大臣の答弁の言葉尻を捉え、「委員長、委員長」と興奮して大声で叫び、委員長席に詰め寄って抗議をするというお芝居をする必要がときどきある。いわゆるパフォーマンスに終始している。
 特に、野党議員は、政権政党の議員と違って、国政に直接関与できない。政権政党の議員であれば、大臣や政務官としての仕事を通じ、国政つまり霞が関の官僚を動かすことができる。車に例えれば、行政府(霞が関・国家)という巨大な車の運転をすることができる。国家権力を自分で動かすことができる快感ないし充実感がある。
 ところが、冷や飯食いの野党議員は、車道を疾走する超高級車を、指をくわえて眺めているだけの通行人にすぎない。野党が、桜を見る会の問題にかこつけて政府自民党を追及するのは、「権力を奪いたい」という一心からであると見てほぼ間違いない。数か月前までの国会の光景は、実に暇な光景だった。コップの中でわいわい騒いでいたに等しい。
 話をまとめる。日本の国会が、このように暇な状態になってしまったのは、ひとえに、国会議員の数が多すぎるためである。換言すると、何も仕事をしない無駄な議員が多すぎるのである。そのくせ、国庫から破格の待遇を受け、多くの議員は、日々、優雅な生活を送っている。
 日本国憲法ができた昭和20年代の初めには、パソコンもなければ、スマホもなかった。コピー機もなかった(全部、人間が、いちいち万年筆や筆で手書きしていた)。もちろん、高性能のコンピューターもなかった。立法作業のほとんど全部が議員の個々の動作なり言論活動を通じて運営される仕組みであった。
 しかし、今では、個々の議員がやっていた手仕事の大半は、機械が100倍以上の速度でやってくれる。また、国会議事堂に議員が必ず全員集合しなければ法律が通らない時代でもない。リモート本会議も実現可能である。
 無駄な議員が多すぎるため、仕方がなく暇つぶしに、これまで桜を見る会の話題で盛り上がっていたという分析も可能なのである。
 立法の仕事は、憲法上、国会議員の専権事項であるから、国会議員が、自分で自分の首を絞めるようなことをするはずがないだろうが、衆議院議員は現在の定数465人を200人程度に(なお、全選挙区を原則小選挙区制とする。小選挙区で落選した者は、一切救済しない。現行法の比例復活という、昔はあったという「補欠入学」に似た馬鹿げた制度を廃止する。落選者は、たとえ1票差でも落選である。例えば、競馬においても、途中までぶっちぎりの1番で走っていても、ゴール寸前で他の馬に追い抜かれれば、負けは負けなのである)、参議院議員も現在の定数248人を100人程度に削減することが望ましい(憲法を改正し、参議院を完全廃止することも十分検討に値する)。

日時:14:11|この記事のページ

立憲民主党議員の感覚を疑う

2020年05月04日

 武漢ウイルス(いわゆる新型コロナウイルス)による世界各国に対する被害は、いまだに終息の兆候が出ていない。わが国においては、周知のとおり、今月5月6日まで緊急事態宣言が発令されていた。
 しかし、日本政府は、5月6日に宣言を終結することはできないとの判断を固め、本日5月4日、正式に、5月末までの延長を決め、国民に対し発表した。本日は、国会においても各党の議員から質問があった。
 たまたま、夜の7時のNHKニュースを見ていたところ、立憲民主党の石橋通宏とかいう議員から、「5月6日までの宣言だったはずなのに、5月末まで伸びたことに対し、国民に謝罪をすべきである」という趣旨の質問が出た(テロップがテレビ画面に出た)。
 この発言を聞いたとき、この立憲民主党という政党は、どうしようもないダメ政党であると改めて思った。理由は、以下のとおりである。
 (1)いわゆる新型コロナの感染拡大について、どのような手段を講ずれば一番効果的なのかという知見は、未だ確立していないこと。いわば、日本政府は、感染症の専門家の意見を踏まえ、手探りの状況で、医療関係者を中心として懸命の努力をしている最中なのである。
 そういう中、小学校6年生でも分かるような常識が、この議員には分かっていなかったようである。5月6日が、5月末日に延長したとしても、それは「誤差」の範囲にとどまるというべきであり、問題にすることすらおかしい。より明確に言えば、この議員にこのような下らない発言をさせた立憲民主党は、ドンキーというほかない。
 (2)謝罪という要求を聞いて、韓国に似ていると思った。しかし、日本は韓国ではない。日本人であれば、何でもかんでも「謝罪、謝罪、謝罪」と悪質クレーマーのような下劣な態度をとるべきではない。
 5月6日が、5月末日に僅か延長したことが、果たして「謝罪」に相当する結果なのかと問えば、普通の答えは、「今回ばかりはやむえない」というものであろう。少なくとも、大半の日本人はそのように思っているのではなかろうか。
 今回は、そもそも「謝罪」など絶対にすべきではない。何かあるとすぐに謝罪するのが日本人の長所であり、同時に短所である。日本人の短所である「安易な謝罪をしてしまう」という国民性を、狡猾な反日周辺国は利用し、日本国内の反日左翼新聞社と連携して、日本国を攻撃する材料として使うことがこれまで多かった。今後、日本は、そのような間違った似非ヒューマニズムを捨てなければならない。
 同じNHKの放送の中で、枝野代表が、「結果的に見通しを誤ったと指摘せざるをえない。少なくとも半年程度を想定すれば・・・」というテロップも流れていた。全く矛盾した言動である。そもそも立憲民主党は、緊急事態の宣言に対し、強い警戒感を持っていたのではなかったのか?つまり、反日左翼新聞と同様に、国民の私権を制限する効果を持つ緊急事態の発令には慎重なスタンスをとっていたはずである。
 それが、今回は手のひら返しの矛盾した態度である。枝野代表が、心底から本当に6か月程度の発令を相当であると考えていたのであれば、本年3月または4月当初の段階で、党としてそのような公式見解を示していないとおかしい。安倍内閣をただただ攻撃し、難癖を付けたいとの一心でいるため、今回のような矛盾が露呈してしまったのではなかろうか。立憲民主党のお粗末さを実感した。政権担当能力などゼロであると私は考える。
 枝野代表は、かつて菅直人内閣の際に官房長官を務めていた事実がある。大津波によって最悪の東電原発事故が起こった緊急時に、枝野代表は、テレビで、国民に対し、「ただちに危険ではない」と何回も繰り返して発言していた事実がある。果たしてその言葉は真実だったのか?枝野代表は、胸に手を当てて問うべきである。
 なお、共産党の小池書記局長は、同じNHKの放送で、「宣言の延長自体はやむをえないことではないか」と常識的な発言をした。日頃、共産党を目の敵にしている私も、今回ばかりは、小池書記局長を見直した。

日時:23:04|この記事のページ

需要が利益を生む

2020年05月03日

 たまたま定期購読している経済雑誌を家で読んでいたら、航空業界の苦境について特集されていた。記事によれば、新型コロナウイルス(正確には武漢ウイルスである)の影響で、航空機に人が乗らないため、キャッシュ流出が、JALで毎月600億円から700億円、ANAの場合は、毎月1000億円近いという。
 会社から毎月巨額の資金が流出しているということであり、これは大変なことになっていると感じた。記事は、「移動のない世界で、航空業界はいつまで持ちこたえることができるのか」と深刻な状況を伝えていた。
 ここで、はたと気付いた。ビジネス(商売)というものは、人々が何かを求める気持ちがあって初めて成り立つという基本中の基本である。つまり、人々の需要(欲望)があり、その需要を満たすために供給を行うのが事業者であり、その事業を運営する過程で利益が生まれるということである。
 人間を移動させることで利益を生む航空業界、旅客業界、海運業界などにとって、人間の移動が制限されている現状では、事業を運営し、利益を生むことが基本的に不可能となる。おそらく観光業もこれに含まれるであろう。
 しかし、今回のような人為的な要因による移動制限が、未来永劫続くはずはなく、近い将来、需要が回復してくることは間違いない。すると、需要の増加に伴って、利益も次第に増大し、会社の運営も正常化される可能性が高いと考える。
 ここで、弁護士業について考えてみた。わが国の法律は、年々、そのボリュームを増やしており、法律の数が増大することはあっても、減少するとは考え難い。しかも、昔から人の住む社会において紛争やトラブルが起こることは避けられない。
 その場合、社会の紛争を解決するに当たって機軸となるのは、裁判官、検察官および弁護士の法曹三者である。法曹三者が、今後、消滅することはあり得ない。ただし、紛争の解決といっても、いきなり民事訴訟を起こして、判決で白黒をつけるという考え方は、日本では支配的ではない。まずは話し合いによる解決を探ることになる。
 かつて、弁護士の一部には、次のような意見があった。弁護士の数を増やせば、それなりに民事裁判の件数も増えるに違いない。だから、司法試験の合格者を大幅増員しても、大丈夫である。食いはぐれなど起こるはずがないというものである(当時、「法化社会云々」というタイトルの本まで出す著名弁護士もいた。)。私は、当時から明確に反対の姿勢を貫いていた(私見を示した冊子もある)。しかし、上記の声が大きくなって、司法試験の合格者をバブル並みに増やした。その結果、一転して、弁護士の平均年収が低下し、また、かなりの弁護士が窮乏する事態が生じた。私の懸念は的中したのである。
 そのため、昨今では、日弁連の会長選に立候補する弁護士も、異口同音に、司法試験の合格者を減少させる必要がある、あるいは適正な数に抑える必要がある、などと述べるようになった。
 冒頭で述べた「需要が利益を生む」という言葉であるが、弁護士に対する国民の需要が今後なくなることはあり得ない。したがって、将来も職業として十分に成り立つ。しかし、問題は、需要と供給のバランスである。法曹人は、通常は経済学に疎い者が多いため、この点があまり分かっていないようである(「人権擁護」とは、まずは弁護士が自分の生活を維持した後で言うべきものであろう)。
 日本人の年齢が全体的に高齢化し、かつ、全体の人口が減少に転じた場合(現在では減少に転じている)、供給もそれに応じて調整する必要がある。司法試験の合格者の数を、仮に一時的であっても、1000人以下に抑制する必要がある。できれば、ひと昔前のように、合格者数を500人程度に止める必要がある。
 しかし、私の見たところ、政府は、今後もしばらくの間は、司法試験の合格者を1500人程度(1500人~1300人)で推移させようと考えているのではなかろうか。だが、これではダメである。弁護士の平均年収1000万円を確保するためには、人数が多すぎる。
 仮に政府がこのような不合理な司法政策を続けた場合、たとえ弁護士になっても、貧富の差が拡大し、都心部の一部の儲けられる弁護士は、ほぼ2000万円~1500万円の年収を得ることができようが、その他、地方の大半の弁護士は、平均年収900万円~600万円程度で我慢せざるを得ないと予想する(一例として、優遇されている給料50万円の勤務弁護士の場合、賞与3か月分を加算すると、年収は、税込みでおおよそ750万円となる。また、弁護士が自分自身で事務所を経営している場合は、その腕次第ということになろう)。なお、ここで掲げた数値は、私の推測にすぎず、客観的な統計数値ではないことをお断りしておく。
 それでも全く構わないと考える者は、司法試験を受験し、弁護士になれば良い。

日時:13:23|この記事のページ

李栄薫編著「反日種族主義」を読んで(3)

2020年05月01日

 前回に続き李栄薫編著「反日種族主義」について感想を述べる。
 今回は、日韓請求権協定と竹島問題を取り上げる。
 テレビや新聞などのマスメディアに登場する放送あるいは新聞記者出身の人間が、韓国と日本の関係についていろいろと意見を述べている場面を想起した場合、大きく二つの流れがあるように思える。
 一つは、いわゆる自虐史観を背景とした、根本的に間違った思想を基本とする発言である。純粋の日本人でありながら、反日思想を国内外に流布することを使命と考えているとしか思えない立場である。
 この立場に立った発言者の特徴は、日本という母国を大切にしようという意識が薄いという共通点がある(その証拠に、国旗である日の丸を良く思わない傾向がある)。有体に言えば、「母国である日本よりも、周辺の反日国を大切にしよう」とする意識である(それは違うという反論があるかもしれないが、少なくとも私にはそう思える)。
 すると、なぜそのような、世界標準に反した不自然な考え方が、これらの人間に定着してしまっているのかという問題に帰着する。この点については、なお研究の余地があるが、このようなおかしな考え方が発生したのは戦後であるという事実に注目せざるを得ない。
 そこで、いろいろと考えると、極東軍事裁判に行きつく。極東軍事裁判とは、一言でいえば、日本が侵略戦争を起こした。だから、指導者を犯罪人として裁くというものであった。
 しかし、これには納得できない。そもそも裁判の名に値しない。戦勝国による悪意に満ちた一方的な復讐劇にすぎない。なぜか?それは戦前において、いわゆる先進国と呼ばれる国は、いずれも帝国主義に走り、アフリカ大陸、インド、アジアの諸国などを植民地としていたからである。
 遅れて先進国の仲間入りをしようとした日本は、朝鮮半島や中国に進出した。これを「侵略」と定義する立場もあるが、であれば、英・米・仏・ソ連なども同様ではないのか?もし違うというのであれば、確たる根拠を示すべきである。
 しかし、日本は、たまたま太平洋戦争に敗れたため、その指導者たちは戦争犯罪人として裁かれたのである。もちろん、やらなくてもよい太平洋戦争に突入した軍部の愚かさは重大な非難に値する。しかし、だからといって、日本だけが悪いということにはならないはずである。
 ところが、歴史というものは、あくまで勝者の歴史であり、戦争に勝った側の主張は全て肯定され、逆に負けた側の言い分は、全く考慮されない(明智光秀が悪人と言われたのは、彼が秀吉に負けたからである。仮に勝っていたら、悪逆無道の信長を倒した聡明な指導者として、歴史上も光秀は高く評価されていたであろう)。
 万が一にもあり得ないが、仮に日本が太平洋戦争に勝っていたら、日本は善、アメリカは悪という戦後歴史教科書となるはずである。もちろん押し付け憲法も誕生していなかった。
 話を整理する。上記の反日思想を持つ者は、まさに戦後、極東軍事裁判によって、戦勝国が敗戦国である日本、より正確に言えば、日本人に対して植え付けたウイルスのような間違った考え方に感染した者たちである。自民党の国会議員を含め、これらの者たちが発する間違った言動が、今日の韓国の自己中心的で横着な行動を増長させたと言えるのではなかろうか。
 一方、日韓関係について、あくまで歴史的事実に基づいて、冷静に議論をしようという一群の人々もいる。私ももちろんそのような立場をとる。ここ10年くらいの間に、いわゆる「嫌韓本」といわれる本が多く出た。私も折に触れて読んでみたが、しかし、どこまで事実に基づいて書かれているのか、若干の疑念があった。本を書いた著者は話を誇張して述べているのではないのか、あるいは著者の勝手な願望ないし希望的観測が書かれているのではないのか、といった疑問であった。
 しかし、同時に、ここ10年間以内の韓国政府のクレージーな言動を見ていると、「お前正気か?」という感想を覚えたのも事実である。韓国政府の言動は、とうてい日本との正常な外交関係を望んでいるようには思えなかったのである。韓国政府による、数々の不誠実な行為を目にした結果、「韓国とは、あらゆる場面で極力関わらない方が良い」という結論に落ち着いた。
 話を戻す。李栄薫編著の「反日種族主義」は、日韓請求権協定について、これまで日本人が完全に見落としていた重要な視点を明らかにしている。どういうことかと言えば、韓国は「もともと請求するものなどなかった」という事実である(104頁)。
 日本と韓国は、お互いに戦争をしていなかったのであるから、通常の戦争当事者国同士の間で問題となる賠償金支払いの問題など生じないということである。
 高校生の頃、世界史の授業で、第1次大戦に負けたドイツは、天文学的な数字の賠償金を戦勝国であるフランスに支払う義務を負わされ、それがヒットラーによる第2次大戦の一因になったという話を聞いたことがある。また、日本史の授業では、日露戦争に勝った日本は、ロシアから賠償金を得たという話を聞いたことがある。
 ところが、韓国と日本の間では戦争はなかった。したがって、日韓請求権協定の本質は、日本と韓国の間の債権債務の整理の問題であるという指摘は重要である(105頁)。つまり、基本的に民事法による紛争解決ということである。
 すると、日本は、韓国を保護国(植民地)にしていたのではないのか、その賠償金は請求できないかという疑問が湧く。これについて、著者である朱益鐘氏は、「国際法や国際関係に、植民地支配の被害に対する賠償のようなものはないのです。韓国が賠償を受けようとしても、そうはできませんでした」と指摘する(105頁)。
 民事上の債権債務関係の整理が事の本質であるとすれば、韓国と日本は、相互に財産の返還、あるいは債務の履行を求めることができることになるのであり、韓国としても、当然に、日本が韓国内に築いた財産を、日本に返還する義務があったのである。
 その結果、1962年に日本と韓国は、日本が韓国に対し、無償3億ドルを経済協力資金の名目で韓国に支払うことで妥結した。そして、請求権協定2条3項には、「今後、韓日両国とその国民はいかなる請求権主張もできない」と明記された(113頁)。
 その後、韓国政府は、1965年に同請求権協定についての解説書を出し、「財産及び請求権問題の解決に関する条項で消滅する我々の財産及び請求権の内容を見れば、・・・被徴用者の未収金及び補償金に関する請求、韓国人の対日本政府及び日本国民に対する各種請求等が完全にそして最終的に消滅する」との公的見解を示している(114頁)。
 ところが、近時、韓国大統領文(ムン)の息がかかった偏波な裁判官から成る韓国大法院は、徴用工が味わった損害と苦痛に伴う請求権は、上記の日韓請求権協定には含まれておらず、現時点でも請求できるという、実に不合理な判決を言い渡したことは記憶に新しい。
 このような欺瞞と詭弁がまかり通る、韓国という国は、およそ先進国と呼ぶには強い抵抗感がある。本来であれば公正に物事を判断する職責を負う司法府までが、政治の影響を受けて、世界の笑い物となりかねない間違った判断を示しているのである。日本人の弁護士にあっても、このようなおかしな裁判に協力している者がいると聞く。私は、そのような弁護士は全く評価しない。
 なお、竹島についても、今回の本には、詳しく紹介が行われている。その詳細は、ここでは割愛する。竹島は、日本の領土であることは疑いない。以下に根拠を示す。竹島は、韓国では「独島」と呼ばれているらしい。
 第1に、日本政府(明治政府)は、1905年に、正式に竹島を日本の領土として編入し、内外に宣言した。これを知った韓国人の中には、韓国政府に対して通報した者がいたようであるが、韓国政府は、全く無反応であった(155頁)。なぜなら、竹島が韓国領であるという認識がそもそもなかったからである。
 現在、韓国は、当時は、日本の保護国になっていたため、異議を唱えることができなかったという苦しい言い訳をするが、これはおかしい。
 保護国とは、外交権がないだけの状態であり、仮に竹島が韓国固有の自国領であるという認識があれば、当然に、日本政府に対し、異議を唱えること自体はできたはずだからである。ところが、何も反応しなかったというのであるから、そもそも竹島が韓国の領有する島であるという意識がなかったということにならざるを得ない。ほかにも、いろいろと事実が掲げられているが、詳細を知りたい方は、本を自分で買って読んでいただきたい。
 竹島の問題にしろ、今回取り上げた日韓請求権協定の問題にしろ、両国の話し合いで解決できる問題とは、とうてい考え難い(少なくとも、私の認識では、解決できないトラブルである)。昔であれば、戦争でカタを付けていたであろう。
 しかし、今は、だいいち戦争などやっておられる時代ではない。戦争が始まるには、それ相当の大きな理由が必要であり、現在、日本が主導して戦争を始める可能性は限りなくゼロに近い。始める必要がないからである。今回、「戦争開始」とまでは言い難い中国発の武漢ウイルスの問題ですら、世界を含む各国に対し、極めて大きな悪影響を及ぼすに至っている。
 現在行い得ることとは、日本は正しい立場に立って毅然とした態度ないし原則を貫徹することである。韓国政府の傍若無人な主張は全部拒否し、逆に、韓国に対し、厳しい制裁を課することが一番効果的と考える。足して二で割るような中途半端な妥協は、今後さらに悪影響を生むであろう。
 新聞や放送のマスメディアに根強く巣くう反日左翼勢力は、「憲法9条を改正すると、日本は戦争を起こす国になってしまう」と扇動するが、実に無責任な主張と言うほかない。憲法9条を改正し、自衛隊を憲法上認められた正式の組織にして、欠陥憲法を世界標準のレベルに少しでも近づける必要がある。国民を欺くような間違った言論は、そろそろ止めるべきである。

日時:18:54|この記事のページ

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