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弁護士日記

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コロナ蔓延防止に取り組まない愚かな野党

2021年01月31日

 中国発の武漢ウイルス(いわゆる「新型コロナウイルス」)による蔓延の拡大を防止するため日本政府は、無い知恵を絞って、日々いろいろな政策を模索している。
 そのような中、先週、国会で新型コロナウイルス特別措置法と感染症法の改正について審議があり、入院拒否者らに対し刑事罰を科するという政府案が修正され、結局、行政罰(過料)にとどめることに落ち着いた(産経新聞2021年1月29日付け朝刊参照)。
 当初の政府案は、入院を拒否した者に対し、「1年以下の懲役または100万円以下の罰金」を科する内容であった。ところが、立憲民主党の枝野代表以下、岐阜県選挙区から出ている今井議員など同党の幹部議員は、「入院を拒否した者にはやむえない事情で拒否をする者もいるはずであり、このような者を前科者に仕立てあげ、牢屋に入れるなど人権軽視も甚だしい」という趣旨の発言を繰り返した。テレ朝の報道ステーションに出ている太田という共同通信社に籍を置いているらしい男性コメンテーターも同様の発言を番組内で行った。
 この発言を聞いて、私は「また始まったか」と思った。何が始まったかといえば、事実を曲げた上で、いたずらに国民に対し不安感を植え付けようとする一種の扇動発言が始まったかと感じたのである。だから立憲民主党は、信用できないのである。
 では、なぜ扇動発言といえるのか?以下、根拠をあげる。
 第1に、「入院拒否をした者」をいきなり逮捕するということではなく、勧告という任意の説得を経ての措置である。先日、大学入試の会場で、試験の係員から、「マスクをしっかりと付けてください」と何回もお願いしたが、その勧告を無視し、ついには試験会場のトイレに長時間立てこもった中年「受験生」がいた。仕方がなく警察が出動し、その男を不退去罪で逮捕し、試験会場から退去させたという事件があった。周囲の受験生からすれば、非常に大切な大学受験という場において、大きな迷惑(不利益)を受けたということになる。たまたま同じ試験会場に居合わせたタワケのために、試験に集中できなかった受験生は、非常に気の毒であった。
 一口に入院を拒否した者といっても、中には、周囲の迷惑を全く考えない、どうしようもないタワケがいるはずであり、そのような者の自分勝手な行動によって、周囲の善良な国民が不利益を受けないようにするために、しっかりとした仕組みを作ることが大切である。これには、刑罰が有効である。
 第2に、「入院拒否をした者」にはいろいろな事情を抱えている者がいるはずである。刑罰を科するといっても、最初は、警察・検察の捜査から始まるのであり、それなりの事情がある者を、警察がいきなり逮捕しようとするか大きな疑問がある。相手方に決まった住所があるような場合、普通は、身柄を拘束しない任意の捜査で済む場合が多いのではなかろうか。
 また、いくら警察が「犯罪として立件したい」と考えていても、公訴を提起するか否かは検察官の専権であり、検察官が「起訴するまでの必要はない」と判断すれば、不起訴となって、刑事裁判は始まらないのである。例えば、被疑者が初犯の場合や、この種の事件においては反省の情を示している場合は、まず起訴などあり得ない
 第3に、仮に、検察官が起訴した場合であっても、被告人が初犯者であったり、反省している場合は、被告人の入院拒否行為によって100人単位の多数の新規感染者が出てしまったというような特別の事情のない限り、たとえ有罪判決が出ても、執行猶予付きの有罪判決が出されることは、ほぼ間違いない。
 また、有罪判決に付された執行猶予期間を無事に過ごせば、刑の言渡しの効力は消え(刑法27条)、前科は付かない。
 執行猶予付きの判決が出れば、刑務所(枝野氏のいう「牢屋」)に入ることはないのである。また、執行猶予期間を無事に過ぎれば、前科者とはならないのである。ここに書いたようなことは、駆け出しの弁護士であっても、初歩的法律知識として頭に入っている。
 枝野代表は、確か弁護士資格を持っていると聞いたが、専門家は、普通人以上に発言に慎重になる必要があり、今回の枝野氏の発言は、いたずらに国民の不安を煽り、間違った情報を公的に拡散させようとするものであり、無責任極まるものというほかない。政治家には向いていないのではなかろうか。
 以上のことから、横着な入院拒否者には、一般社会の利益を擁護するため、刑法および刑事訴訟法の適用のある刑罰を科する必要がある。
 今回、政府の原案が改悪され、法律によって、入院拒否者に対し50万円以下の過料を科することになった。しかし、過料には、コロナの蔓延を防止する効果はほとんど期待できない。入院命令を無視しても、過料を払えばよいということになった。入院命令を無視して医療機関の外に逃走し、故意にコロナを他人に感染させるという、とんでもない行為をしても、感染症法の規定によって取り締まることはできなくなった。
 命令に違反して外部に逃走しても、そのこと自体は罪でも何でもないということにならざるを得ないからである(そこで、例えば、急遽刑法の傷害罪の条文を適用して、逃走を防止するために身柄の拘束を図るというようなおかしな対応に迫られることになろう。)。外国人のスパイが、日本国内でこのような行為を実行しようとしている場合、治安の維持の面から考えても、刑罰による規制は不可欠といえた。
 ところで、過料を科するのは非訟事件手続法の定めによって、入院拒否者の住所のある地方裁判所である(非訟119条)。
 過料の裁判は、検察官の命令で執行する。この命令が出ると、執行力のある債務名義と同一の効果を持つ(非訟121条)。したがって、普通の税金のように国が強制徴収することはできない。
 入院拒否者が、例えば、50万円の過料を受けても、これを任意に支払わないときは、民事執行法によって50万円の債権を実現するほかない。入院拒否者に財産がある場合は、民事執行手続きによって差押え等で債権を回収することもできようが、めぼしい財産が全くない場合は、「逃げ得」ということになる。過料による制裁は、全く制裁にならないということである。今回、立憲民主党の横槍が入った結果、実にふざけた法律改悪となった。
(追記)
上記産経新聞によれば、「自民党の二階俊博、立憲民主党の福山哲郎両幹事長が国会内で会談し、修正で正式合意した。」とあった。二階という人物は、日本の国益を損ねるような行為を平気で推進する人物だと思った。一秒でも早く日本の政界から完全に引退してもらいたいと思う。

 

日時:13:30|この記事のページ

古田知事の5期目に期待感なし

2021年01月26日

 2021年1月24日、岐阜県知事選挙が終わった。投票の結果は、岐阜県の有権者の全有効投票数約79万票のうち、古田候補が約38万8000票、江崎候補が約31万9000票、その他二人の候補が合わせて8万2000票であった。古田候補は、江崎候補に約6万9000票の差をつけて知事の座を維持した。
 この結果について、地元の新聞には、要因を分析する記事が連日のように出ている。古田候補は、岐阜県下の主要経済団体の支持を取り付け、さらに、岐阜県選出の自民党国会議員のうち一人(大野議員)を除き全員の支持を取り付けていたのであるから、常識的に考えた場合、古田候補が大差で負けるということは絶対にあり得ず、せいぜい、僅差で予想外の敗北を期するという事態しかあり得なかった。
 私の見立てによれば、コロナが古田候補に有利に働いたという以外にない。その根拠とは、次のようなものである。
 第一に、古田知事は、今回の選挙の前に既に4期16年もの長い間、岐阜県知事を務めてきた。その間、発信力が
ゼロに近い古田知事は、一般の岐阜県民からは遠い存在であった。「顔の見えない県知事」ということであった。選挙ポスターの古田知事の笑顔など、今まで一度も見たこともないような「笑顔」であった。
 そうこうするうち、コロナ対策が県政においても喫緊の最重要課題に上り、当然のことながら、人の密を避ける必要もあり、選挙戦においても、候補者の合同演説会というような機会は完全に失われた。発信力も個人的魅力もない古田候補にとっては、もっけの幸いであったと思われる。直接県民の前で自分の政策を自分の口で訴える必要がなくなり、素の人物像を見透かされることを回避することができたからである。このことは、反面、対立する江崎候補にとっては相当の痛手になったと思われる。
 第二に、江崎候補について言及すれば、準備期間が少なすぎたといえる。選挙に向けた準備期間が、せめてあと1か月間余分にあったとすれば、今回の選挙結果がどうなっていたかはわからない。
 かたや、古田候補は、コロナのことで、新聞紙上などで発言が頻繁に取り上げられる機会が相当にあった。地元の新聞を通じ、「コロナ対策に専念する知事」という良き姿を県民にアピールすることができた。その効果が県民の投票行動に少なからぬプラス効果を与えたことはほぼ間違いない。他方、江崎候補には、表立った自己宣伝の場が全く用意されていなかった。
 さて、選挙は終わったのであるから、これ以上、あれこれと勝因または敗因の分析をしても余り意味はないであろう。問題は、今後である。古田知事は、当選確実の報道があった後の記者会見で、「最後の奉公」という言葉を自ら口にした。これは、5期で知事を終えるという意味であり、周囲もそのように理解しているはずである。今から4年後になって「6期目を目指す」などという発言は100パーセントあり得ない。
 私の考え方は次のようなものである。
 第一に、古田知事は、一体、今後4年間で何をしたいのか。その点が全く不明である。選挙戦でも何も主張していない。コロナ対策の方は、今後ワクチンの接種が進めば、勢いに陰りが見えてくるはずであり、知事として、来年(2022年)もコロナ対策に専念するという事態は考えにくい。最近(株)ブランド総合研究所が発表した都道府県別の魅力度調査によれば、岐阜県の魅力度は、全国で42番目であり、最下位グループに属する。東海北陸6県を見ると、静岡県が14位、愛知県が16位、富山県が26位、三重県が31位、岐阜県が42位、福井県が44位となっており、東海北陸6県の中でも非常に低い評価となっている。
 古田知事は、これまで16年間もの長きにわたって岐阜県知事を務めながら、この悪い成績しかあげていないのである。これが利益を上げることが最優先の民間企業であれば、とうの昔に社長を辞任させられているはずである。
 ところが、岐阜県下の自民党の大野議員を除く国会議員全員は、何を思って古田知事を支持したのか?おそらく、これまでのしがらみや義理人情あるいは対立する古参の県会議員に対する対抗心に縛られて、古田知事の続投を支持したのではなかろうか。特に合理的な理由などなかったと考えるほかない。このことは、県下の主要経済団体の支持表明にも当てはまろう。
 第二に、今から4年後には、間違いなく古田知事に代わって、別の新しい人物が岐阜県政をリードすることになる。その人物が、今回次点に終わった江崎候補なのか、あるいは古田知事の推薦する全く新しい人物となるのか、非常に注目される。江崎候補にすれば、中央省庁(内閣府)の幹部官僚を辞職して今回の選挙に出馬しており、いわば退路を断った状況にある。したがって、別の候補者への一本化には間違いなく反対の意向を示すはすである。これは現実には考えにくいが、古田知事が周囲から説得されて、江崎氏を自分の後継者に据えるため、今後、副知事に指名する可能性もないではない。
 なお、本日付けの地元の岐阜新聞を見ると「混乱の責任『誰かが』」とあった。しかし、これはおかしい。物の考え方が古すぎる。同じ保守陣営から二人の候補者が出ることは、むしろ好ましいことと評価できるからである。
 県知事候補が一本化されることは、例えば、保革対決というような場面ではあり得る。しかし、岐阜県のような土地柄では、有力な野党系候補が出てくることは、非常に考えにくい。仮に出てきても、いわゆる「泡沫候補」の場合が大半となるはずであり、最初から問題にもならない。
 一番いけないのは、自民党の幹部連中が密室で協議し、候補者を一本化することである。仮にそのようなことになれば、その候補者で事実上当選者が決まりということになってしまう。これは、県民から選挙権を事実上奪う行為に等しい。私も、ここ何十年かは、県知事選挙に投票に行っていない。最初から、勝敗がわかっているためであり、わざわざ投票に行く意味がないからである。
 自民党内の混乱は、一般県民にとっては大歓迎である。

日時:13:43|この記事のページ

医療崩壊の真の原因は何か

2021年01月19日

 武漢ウイルス(いわゆる「新型コロナウイルス」)の感染拡大状況は、いっこうに収まらない。テレビなどを見ても、危機感が非常に強いことが分かる。特に、日本医師会の幹部などから、「既に医療崩壊が始まっている」との警鐘が鳴らされている。簡単にいえば、新型コロナの重篤な患者の数が増える一方であり、重症者用のベッドの余裕が日に日に厳しくなっているということである。そのため、本来であれば治療を受けれるはずの重症者が、適切な医療を受けられないという現実が発生している。このようなことはあってはならない。
 しかし、日本医師会長の発言を聞いて、一つの根本的疑問が湧く。日本で、このようなことが言えるのであれば、新型コロナの患者数が日本よりもはるかに多い西欧諸国では、既に深刻な医療崩壊が起こっていないとおかしい。しかし、その点に関する情報は少ない。
 まず、我が国の人口は、1億人を超えており、先進国の中では人口が多い方に属する。国の人口が多いほど、医療に従事する医師の数も多く必要となるはずである。また、ベッドの数もそれなりの数が必要となろう。病院のベッド数は、世界と比較しても非常に多い。日本には、人口1000人当たり13床のベッドがある。ところが、ドイツでは8床、アメリカでは2.9床、英国では2.5床にすぎない。
 ところで、日本では、医師の数は西欧諸国とは比べものにならないくらい少ない。OECD(経済協力開発機構)はいわゆる先進国から構成されている。そのOECDが、2019年11月7日に公表した報告書では、OECDの全35か国の加盟国において、日本は、人口10万人当たりの医学部卒業生の数は僅か、6.8人にすぎず、最低であることが分かっている(ワーストワン)。これは、長期間にわたって医学部の定員が抑制されてきたためである。医師になるためには、必ず医学部を卒業する必要がある。医学部卒業生が少ないということは、医師になれる人も少ないということである。要するに、日本では医師の数が相対的にみて非常に少ないのである。
 ところが、上記のとおりベッドの数は異常に多い。その結果、1病床当たりの医師の数は、最も少ないレベルにある。日本の場合、具体的には1病床当たり医師の数は0.19人にすぎない。他方、ドイツでは0.54人、アメリカでは0.91人、英国では1.2人、スウェーデンでは2.0人と日本よりもはるかに多い。
 このことから、日本では、一人の医師が診なければならない患者の数が非常に多いということが分かる。そのため、今回のような患者が急増する緊急時を迎えると、すぐに医師の手が回らなくなるという現象が起こるわけである。マンパワーが圧倒的に不足しているということである。これを小学校にたとえれば、教師一人が担当する教室の小学生の数が多いため、一人一人に対しきめ細かな教育は難しいという結果になる。
 さらに、日本では民間病院の数が多いという指摘もある。西欧先進国では、大きな国公立病院が中心となっているのに対し、日本では民間の病院が多く、厚生労働省の資料によれば、全病院のうち、民間の病院の割合は66パーセントと過半数を占める。
 しかも、中小規模の民間病院が多いと言われる。現実に、病院とは名ばかりのところもあり、夜間の当直の医師は一人、看護師も数人にとどまるところもある。このような貧弱な体制にある病院に対し、都府県が「コロナ患者を受け入れて欲しい」と要請しても、最初から無理な話である。
 話をまとめる。今回、新型コロナの発生によって、毎日のようにテレビ、新聞、ラジオを通じ、政府や自治体から、国民に対し、新型コロナの感染拡大を防止するために協力が呼びかけられている。
 しかし、このような事態を招いた原因として、医学部の定員を抑制し、医師の数を増やそうとしなかった厚生労働省の失政は厳しく糾弾されるべきである。仮に医師の数が、現在の2倍の数であったとすれば、簡単に医療崩壊など起こらないはずである。
 また、医学部の定員の増加に対し強く反対を継続し、政府に圧力をかけてきた日本医師会の間違った姿勢も、今回のことを契機に是正される必要がある。
 日本医師会が医学部の定員増加に反対してきた主な理由は、正直に言えば、「医師の数が増えると、競争相手が増えて儲からなくなる」という自分たちの利益を最優先する思想にあった。まさに、「医は算術」というほかない。そのような医師会の幹部から、「医療崩壊が始まっている」と言われても、国民としては、心から納得することは難しい。
 今後の課題であるが、中長期的に、医師の数、つまり医学部の定員を増やし、同時に、中小民間病院の統廃合を容認する政策をとる必要があると考える(経営難に陥っている多くの中小民間病院は、一定のベッド数を満たす病院という形態ではなく、より小さな規模のクリニックとして存続できるよるような政策を実行すべきである。)。
 未来の病院は、一つ一つの病院がそれぞれ有能な常勤医師を多く擁する少数精鋭主義で行くことが求められる。半面、医師である親が経営している病院を、親の引退に伴って医師である子供が継承するというような前近代的な時代遅れの病院経営の在り方は無くすべきであると考える。

日時:20:38|この記事のページ

深澤諭史著「改訂版 これって非弁提携?」を読んで

2021年01月15日

 2021年も1月15日を迎えた。現時点で、武漢ウイルス(いわゆる「新型コロナウイルス」)の感染拡大は全く止まっておらず、事態が非常に憂慮される。
 さて、今回、私は非弁問題を取り扱った上記の本を読んだ。「非弁」とは、分かりやすく言えば、弁護士資格がないにもかかわらず、弁護士でないと行うことができない業務を行う者を指す。また、「非弁」は、非弁行為自体を指す意味で使われることも多い。
 では、弁護士でないと行うことができない業務と、誰でも行うことができる業務の違いがどこに書いてあるかと言えば、弁護士法72条に書かれている。
 条文の内容について基本原則だけを要約すると、弁護士(又は弁護士法人)でない者は、報酬を得る目的で、訴訟事件その他一般の法律事件に関し、鑑定などの法律事務を取り扱うことを業とすることができないというものである。ただし、同条には、「この法律又は他の法律に別段の定めがある場合は、この限りでない」と書かれている。この規定に違反した者には刑罰が科せられる(77条3号。2年以下の懲役又は300万円以下の罰金)。
 弁護士法72条の適用については、いろいろな論点がある。
 第1に、「報酬を得る目的」について、上記の本の著者である深澤諭史弁護士(以下「深澤弁護士」という。)は、名目如何にかかわらず実質で判断されると解説する(27頁)。この点は、異論がない。この要件に当たるためには、双方において事前に報酬を支払う旨の合意がなくてもかまわないし、また、現実に報酬が支払われたか否かも関係がない。
 第2に、「業とする」点については、一般に、反復継続する意思がある場合を指すと言われている。しかし、反復継続する意思がある限り、最初の一回目であっても、これに当たると解されている。
 第3に、一番議論があるのは、「法律事件」という要件である。法律事件という要件の解釈については、大きく、事件性が必要であるという見解(事件性必要説)と、事件性は不要であるという見解(事件性不要説)に区分される(36頁)。
 ここで重要なことは、法律事件の定義について最終判断権を持つ裁判所が、どのような見解を有しているかということであり、最終的な結論はそれで決まるということである。この点について、最高裁の平成22年7月20日判決は、非弁護士(事業者)が、立ち退き交渉を本人に代わって行ったことが弁護士法72条に違反するのではないかが争われた事件で、立ち退き交渉は、立ち退きに当たっては、その時期や立ち退き料の具体的な金額が問題になることから「紛争の可能性」があるとして、事業者の弁護士法72条違反を認めた。紛争の可能性があれば、法律事件に該当するという判断を示した。
 また、最高裁の上記判決の後に出された東京地裁平成28年7月25日判決(判タ1435号215頁)は、「法律上の権利義務に関し争いや疑義があり、又は、新たな権利義務関係の発生する案件をいう」としている。この点について、深澤弁護士は、事件性不要説が妥当であるとの立場を明らかにし(38頁)、結論として、「法的紛議の可能性又は権利義務を変動する案件」との見解をとる(41頁)。私見もこれに賛同する。
 例えば、ある者Aと、その相手方Bが遺産の分割をめぐってトラブルになっていた場合、弁護士が当事者の一方に代理人として就くことはもちろん適法である。他の相続人と交した結果、相続人全員で任意に遺産分割協議書を作成することも問題ない。
 ところが、非弁(弁護士資格のない者)が、一方の代理人に就いて、遺産分割の案を提案し、また、遺産分割協議書を作成することは、非弁行為として違法となると解される。ここで、行政書士の資格がある者が、行政書士法1条の2第1項「権利義務又は事実証明に関する書類」を作成する権限があることを根拠として、弁護士と同様の行為を行うことができるか否かが問題となるが、結論を先に言えば、できない。違法となる。
 なぜなら、遺産分割協議書は、それが作成されることによって法律上の効果が発生することになるからである(権利義務が変動する効果を持つ。)。ただし、相続人同士の協議で、遺産分割の方法が既に決まっているが、形式面の点に不安があり、その点検作業を行政書士に依頼するという限度であれば許容されると解する。
 この点について、深澤弁護士は、行政書士法1条の3第1項4号の「相談」の意味に関連して、「法律常識的な整序の範囲について」の相談に応じること、及び「形式的・書式に関する程度」の相談に限定されると述べる(96頁)。私見もほぼ同じである。
 今回取り上げた深澤弁護士の著作は、弁護士のみならず、司法書士あるいは行政書士の方々にも非常に有益なものと考える。広く推薦させていただく次第である。

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