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交通事故の法律Q&A

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Q41過失相殺

設問交通事故においては、加害者側から過失相殺の主張が出されることが多いと聞きました。過失相殺とはどのような制度でしょうか?

Answer

交通事故が発生した場合に、被害者にも落ち度がある場合に、被害者の落ち度と評価される割合について、損害賠償金が減額される制度をいいます。

解 説

(1) 過失相殺とは
 加害者が不注意によって交通事故を起こし、それによって被害者に損害を与えた場合、加害者が不法行為責任を負うことは当然のことです。
 しかし、事故が発生したことに関し、加害者に不注意があるのみならず、被害者にも不注意がある場合には、過失相殺が適用されて、損害賠償額が減額されることになります(民722条2項)。

 民法722条第2項 「被害者に過失があったときは、裁判所は、これを考慮して、損害賠償の額を定めることができる。」

 過失相殺という制度が存在する理由は、当事者間における、損害の公平な分担を実現するためです。
 例えば、乗用自動車甲が青信号に従って交差点に進入したところ、赤信号を無視して自転車乙が交差点に進入し、その結果、双方の車両が衝突して自転車乙の運転者が負傷した場合、自転車乙の方には著しい不注意が認められます。したがって、このような場合においては、損害の大半が過失相殺によって減額されてもやむを得ないという結論になります(この場合、例えば、乙に90パーセントの過失があるとされれば、損害額の90パーセントが減額されることになります。)。
 ここで、過失相殺を行うための要件である被害者の不注意とは、民法709条が定める不法行為の成立要件としての不注意である必要はなく、単なる不注意で足ります(通説)。ただし、公平の観点から、過失相殺を行うためには、被害者は事理弁識能力(損害の発生を避けるのに必要な注意を払うことができる能力をいいます。)を備えている必要がある、とするのが最高裁の立場です(最判昭39・6・24民集18・5・854)。一般に、6歳から7歳以上の普通の子供であれば、事理弁識能力はあると思われます。

(2) 過失相殺の基礎知識
(a) 裁判官の自由裁量
 裁判官が過失相殺を行うかどうか、また、行うとしてもどの程度行うかは、原則的に裁判官の自由裁量に委ねられています(最判昭39・9・25民集18・7・1528)。つまり、裁判官は、公平の観念に基づいて適切に過失相殺を行えば足り、その理由をいちいち説明する必要はないとするのが、最高裁の立場です。
 ただし、裁判官が、裁量権を逸脱または濫用した場合には、違法の評価を受けることがあります(最判昭50・10・9裁判集民事116・279)。例えば、断食療法を受けて死亡した患者の遺族(上告人)が、道場主(被上告人)を訴えた事件で、原審(高等裁判所)が、道場主の過失と患者の過失割合を30対70と判断したのに対し、最高裁は、「原審の定めた被上告人の過失割合は著しく低きにすぎ、右判断は裁量権の範囲を逸脱して違法である」として原判決を破棄しました(最判平2・3・6判時1354・96)。
(b) 過失相殺を基礎付ける事実の主張・立証責任
 過失相殺については、弁論主義(事実の主張と証拠の提出を当事者に委ねる考え方をいいます。)の適用はなく、仮に当事者から過失相殺の主張が出ていない場合であっても、裁判所は職権によって被害者の過失を斟酌することができるとされています(最判昭41・6・21民集20・5・1078)。
 ただし、被害者側に過失があったことを基礎付ける事実の主張および証拠の提出は、賠償義務者(通常は、加害者自身となります。)が負担するとされています(最判昭43・12・24民集22・13・3454)。
(c) 過失相殺に関する当事者間の合意
 事故当事者間で、事故の過失割合に関する合意が成立したとします。その合意を基に損害賠償に関する示談を成立させることは、原則的に有効であると解されます。
 他方、当事者の一方が裁判を提起した場合、たとえ過失相殺に関する合意が当事者間で既に成立していて、裁判においてもこの点に関しては当事者間で争いがない場合であっても、裁判官はその合意に拘束されないと解されます(通説)。なぜなら、過失相殺に関する当事者間の合意は、自白(相手方の主張する事実を認めることをいいます。)または権利自白(相手方の主張する権利または法律効果の存在を認めることをいいます。)に当たらないと考えられるためです。

(3) 過失相殺の基準化
 交通事故の実務の分野では、以前から過失相殺の基準化が図られています。例えば、別冊判例タイムズ15号「民事交通訴訟における過失相殺率の認定基準」(判例タイムズ社発行)が、これに当たります。
 仮に何も基準がないとしますと、同じような態様の交通事故であっても、裁判官が異なることによって判断に違いが出ることにもなりかねず、公平な裁判の実現が妨げられるおそれが生じます。また、何も基準がない場合には、事故当事者間で過失割合についての意見の対立が解消せず、そのために紛争の解決が遅延するという弊害も考えられます。
 このような理由から、過失相殺の基準化が促進されてきました。しかし、余りにもこの基準に囚われることは、行き過ぎと考えられます。
 そもそも、過失相殺は、当事者間の公平を実現するための法制度であり、また、過失相殺するか否かは、その割合も含めて裁判官の自由裁量に委ねられています。したがって、裁量権を逸脱・濫用した過剰な過失相殺によって被害者の権利(賠償金額)を不当に減額することは違法となりますが、反対に、被害者に多少の不注意があっても、公平性実現の観点からあえて過失相殺を行わないことは、特に問題とはなり得ず、適法であると解されます。

(4) 被害者側の過失
 過失相殺の適用があるのは、被害者本人だけではありません。被害者と一定の関係に立つ者に過失があった場合は、その者の過失が被害者の過失として評価されます。これを被害者側の過失といいます。
 ただし、被害者側に含まれる者を適切に制限しないと、被害者側の範囲が際限なく拡大し、その結果、過失相殺が必要以上に適用されて、被害者本人の権利・利益が不当に害されることになります。そのため、被害者側の者を、「身分上または生活関係上一体をなすとみられる関係にある者」に限定するのが通説・判例の立場です(最判昭51・3・25民集30・2・160)。
 具体的には、夫婦、同居の親子などがこれに当たると考えられます。他方、保育園児と保育士、小学生とその教師、婚約中の男女などの場合は、これに当たらないと考えられます。ただし、スナック店長が、経営者を乗せて車を運転中、過失で事故を起こして経営者に怪我を負わせた事案について、被害者側の過失と認めたものがあります(千葉地判平21・7・14交民42・4・876)。

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