

防衛装備品の輸出については二つの考え方がある。
一つは、これまで日本国政府がとってきた「輸出は非武器に当たるものに限る」という規制を、高市政権の下で今後見直そうとする立場を是とする考え方である。この考え方は、例えば、本日(2026年3月7日付け)の産経新聞の社説が支持する立場であり、正しい考え方に立脚している。二つ目は、左翼系の新聞社(オールドメディア)がとっている立場であり、時代遅れの完全に間違った考え方に立つものである。例えば2026年3月7日付けの岐阜新聞社説がその代表例といえよう。
相対立する上記二つの考え方について、いちいち細かく指摘することは可能であるが、大切なポイントは、何を根拠に自説を主張しているかという点である。
まず、正しい考え方は、日本が武器輸出を原則的に認めた場合、日本にとってどのような影響が発生するかという点に着目する。もちろん、いかなる政策の変更も、通常必ずプラス面とマイナス面が生じるが、現状の政策の変更によってプラス面が増加し、逆にマイナス面が減少すると見込まれれば、その政策変更は妥当なものと考えられる。
今回、防衛装備品の5類型を撤廃することによって生じるプラス面とは、以下のようなものである。
第1に、日本が武器輸出を自由にできるようになれば、武器を製造する際のコストが低下し(「薄利多売」の効果)、安くなった分だけ多く販売することができるようになる。すると、当該武器を製造している民間企業としては、その分、利益が増加することになる。その結果、武器の開発・研究により多くの投資をすることができるようになる。すると、ますます武器の性能が改善・向上し、他国に売る際に有利となる。
第2に、日本がメイドインジャパンの武器を他国に販売することによって、武器を購入した国との結びつきが強固になる。つまり、日本と友好関係を結ぼうとする国(同志国)が増えることになり、国際社会における日本の立場はより強固なものとなる。ただし、武器を輸出するに際し、武器を購入する国が侵略戦争に加担するようなことは厳禁とし、また、勝手に第三国に転売することも禁止するなど、一定の条件を付し、その条件を遵守する意思のある国にのみ輸出を認めるというような規制をかけることは必須となる。ヤクザ同然に日本に対し汚い言いがかりをつけ、常に居丈高な態度をとる敵国(独裁中国)に、日本製の武器を売ることは、100パーセントあり得ない。
第3に、昨今の国際情勢を見れば分かるとおり、自国の安全は自国で確保する、つまり仮に他国が日本に侵略戦争を仕掛けてきても、日本が独自に防衛戦争を遂行する能力を確保しておくことが決定的に重要となる。その際、日本防衛に必要な武器は、日本が自前で製造できる能力・技術を確立しておくことが必要となる。例えば、国土防衛に有効な攻撃型ドローンをもっぱら他国からの調達、つまり輸入に頼っている場合、国内のドローンの数(在庫)が底をついてしまった場合、戦争が始まった以降において他国から追加輸入することはほぼ不可能であろう。
ということは、他国による侵略戦争が成功するという結果となり、日本としては絶対に認められないのである。この点は上記1とも関係するが、日本の民間企業が開発・製造した防衛装備品を日本政府が購入し、国内に十分に確保できるようにするには、製造コストの低下が必須条件となるのである(理由 防衛予算額には限界があるからである)。
他方、今回の政策変更に伴うマイナス面はほとんどない。この点、左翼系の新聞社説は、「憲法の平和主義」という意味不明のフレーズを持ち出す。しかし、ここでいう「平和主義」が何を意味するのかという肝心な点は、未だかつて詳細に説明されたことはない。要するに、その定義が明確に示されていないということである。平和主義という曖昧模糊とした概念は、確かに日本国憲法の前文に掲載されているように見える。しかし、その内容は現代の国際社会の現実とはかけ離れた「美辞麗句」にすぎず、また、この文言には法的な拘束力もない。
現行の欠陥憲法を見ると、次のように書かれている。「日本国民は、恒久の平和を念願し、人間相互の関係を支配する崇高な理想を深く自覚するのであって、平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して、われらの安全と生存を保持しようと決意した。」とある。まことに「お目出度い」内容の前文となっている。仮にこのような馬鹿げた内容を実践していたら、その国は滅びてしまうであろう。実に現実離れした内容であり、もはや宗教の世界の話である。
したがって、普通人の一般常識に基づいて論理的に考える限り、日本国憲法の前文を文字通り受け入れる(理解する)ことは到底できないという結論に至る。ただし、欠陥憲法の前文に書かれている「われわれの安全と生存を保持しよう決意した」という文言が、左翼系新聞のいう「平和主義」と同じものであるか否かは、当該記事を書いている(?)記者に聞いてみないと分からない。
また、現実の世界においては、戦闘機、防空システム、ミサイル、戦車、機関銃、弾薬等を自国で生産し、それを他国に売却して利益をあげている国も先進国を中心に数多くあり(例 アメリカ、ロシア、中国、英国、フランス、トルコ、韓国等)、それらの国が生産した武器が広く世界で使用されている現実に照らせば、日本だけが武器の輸出を自制していても、全く意味はないのである(武器の拡散を抑える効果は全くない)。我が国も、今後は武器の製造・輸出を主要産業の一つに育てあげる必要がある。
さらにいえば、思うに人間は他人より有利な立場に立ちたいという、生物一般に共通する本能がある。例えば、戦国時代において敵対する国が鉄砲を保有すれば、隣国の大名は自国の利益を守るため鉄砲を保有し、敵国との戦闘に勝利しようと考えるのは当然である。
このように考えると、一般論として、もちろん戦争が起きるよりは平和の状態が継続する方が快適であり、好ましいことはいうまでもないが、しかし、自国の平和を維持するための戦争(自衛戦争)は肯定されるべきである。要するに、自国の平和を維持するためには、一定規模の武力の保持は必須であり、自衛のための戦争は認める以外にない。また、しっかりとした防衛産業を国内に育成することは、日本の国防力の底上げにつながり、結果として、平和と安全に寄与する面が大きいということである。結局、左翼系新聞のいう「平和主義」とは、意味不明の愚論であると断定する以外にない。
以上、防衛装備品の輸出規制は早急に撤廃されるべきである。高市政権にはスピード感を持って実行に移すよう望むものである。
なお、上記岐阜新聞社説は、5段目で「衆議選で大勝したとはいえ、国民はそこまで白紙委任していないはずだ」と勝手な理屈をこねる。では聞く。ここでいう「白紙委任」とは何を意味するのか?最初に定義を明確に示すべきである。通常、白紙委任とは、ある者が代理権を他人に付与する際に、委任の範囲を決めずに自由に代理行為をすることを認めることを意味する。ただし、これは法的な問題が議論される場合の理解である。
衆議院議員選挙は、有権者が国民の代表たる国会議員を選出する制度であり、当選した者は、国民の信頼を基礎として、公約に従って行動する政治的義務がある。よって、現衆議院議員は、公約を実行するために国会において独立した自由な立場に立って、議決権を行使することができる。その意味では、まさに「白紙委任」と考えるのが正解である。しばしば、左翼系のマスメディアは、白紙委任をしたものではないという屁理屈を当然の結論の如く述べているが、そのような杜撰な考え方は間違っている可能性が高い。むしろ、白紙委任したものと捉えるのが自然である。今回、高市政権による地滑り的勝利は、歴史的に見た場合、戦後日本における頑迷で時代遅れの左翼思想がその役割を終えて、いよいよ終焉を迎えたサインといえるのではなかろうか。

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