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弁護士日記

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中日ドラゴンズの現状を分析する

2018年04月26日

 今年もプロ野球公式戦が始まった。
 現時点で、中日ドラゴンズの順位は、私が以前予想したとおり最下位である。昨日、群馬県内で開催された巨人戦は、何と、20対4というスコアだった。文字通り、大敗した。中日ドラゴンスの戦績は、現時点で、9勝13敗であり、借金は4となっている。
 なぜ、これほどまで低迷しているのか?何事であれ、成績が上がらないときは、何がしかの原因があるはずであり、その原因を分析し、また対策を立てないと、今後も展望が開けないものである。
 事は政治でも同様であり、財務省などの役所のミスがあってもなぜ自民党の政党支持率が全く低下しないのか、逆にいえば、野党の支持率が向上しないのか、という問題と本質は同じである。原因は、野党が国民から全く信用されていないという点に尽きる。かつて、鳩山、菅、野田という3人の首相が行ったことを国民は覚えている。このような人物には国政を任すことはできないというトラウマが国民に浸透しているということである。また、昨今の新党の立ち上げごっこなどに無駄な時間と労力を費やしている野党議員の連中に、大事な政権を渡すわけにはいかない、ということである。
 話が逸れたので、元に戻す。
 以下の意見は、野球の素人である私の見解にすぎず、当たっているかどうかの保証はしない。
 第1に、中日ドラゴンズの野球中継を聴いていていつも感じることは、放送局のアナウンサーの放送内容が、選手に対して「甘すぎる」ということである。
 ちょうど、世間に迷惑をかけているドラ息子に対し、親が、甘すぎるという態度と同じである。視聴率を上げることが第1使命であることはそのとおりであるが、批判や批評が全くない放送は、独裁国家の独裁者を褒めたたえる国営放送に似ており、物足りない。少なくとも、ゲストの野球解説者は、「よいしょ」に終始するのではなく、時には監督の選手起用について批判することがあってもよいのではなかろうか。
 第2に、選手の能力が全般的に低いということである。打者では、アルモンテが、予想を上回る活躍をしている。しかし、本来の4番のビシエドは、国籍の取得の手続のためにアメリカに帰国していると聞く。その後釜のモヤは、期待以上の働きをしている。
 外国人選手は、少しでも働けなくなった場合は、翌シーズンには球団と契約をしてもらえないのであるから、それだけ必死ということであろう。
 外国人選手以外の野手陣は、物足らない。眼に付くのは大島くらいである。平田にはいつもがっかりさせられるし、京田も不振である。また、高橋は、いつまでたっても芽が出ない。野球をやる上で大切な「考える能力」に問題があるのではないか。福田は、和製大砲としての期待があるが、彼もいまいちといえる。
 投手陣は、外国人選手を除き、柱となる選手がいない。もちろん、ドラフト1位で獲得した若手は期待ができるが、中堅どころの位置で、チームをぐいぐい引っ張る実力派の投手が見当たらない。
 第3に、私は、髭を生やしている選手が嫌いである。しかし、助っ人にすぎない外国人選手にはあれこれいうつもりはない。日本人の投手でいえば、又吉、田島、祖父江などが目につく。髭を生やすという心理は、何かを隠そうという心理から出ているといわれている。自分の弱点を髭でカモフラージュしたいということであろう。
 髭を生やしている暇があるのであれば、投球術を考えたりして時間を有効に使った方がよいのではないのか。
 第4に、森監督であるが、私は余り評価していない。なるべく早期に、中日ドラゴンズの生え抜きの有能な人物を監督に招致し、チームを立て直すべきである。

日時:15:31|この記事のページ

最新交通事故判例紹介(その9)  中学生が起こした人身事故について、その親の責任を否定した判例と肯定した判例

2018年04月24日

 中学生が、自転車に乗って走行中に、自分の自転車を他人に衝突させ怪我を負わせるという交通事故が全国的に多発している。
 今回、親の責任を否定した判決と、反対に親の責任を肯定した判決が、ほぼ同時期に出たので、紹介させていただく(交民50巻2号337頁・502頁)。
 まず、親の責任を否定した判決から紹介する。
 横浜地裁平成29年3月29日判決は、中学生の親の責任を否定した。横浜地裁が判決した加害中学生は、信号機による交通整理が行われていない交差点において、たまたま北から南に向かって走行中の被害女性が乗った自転車を追い越した上で、さらに交差点を左折しようとした際に、被害女性の運転する自転車に衝突したという事故であった。この事故について、本田知成裁判官は、被害女性において、衝突回避措置をとることが困難であったことを理由に、その女性の落度を認めなかった(つまり、加害中学生が100%責任を負うという判断である。)。
 そして、加害中学生の親の責任については、中学生が、事故当時14歳11か月の中学3年生であり責任を弁識する能力があったこと、親の子に対する日頃の指導監督は、「ある程度一般的なものとならざるを得ず、自転車の運転においても、日頃の運転態度において、事故を惹起する具体的な危険性を予見可能であるなどの特別の事情が認められない限り、子に対する指導監督義務を尽くしていなかったということはできない。」と判決し、親の責任を認めなかった。
 次に、親の責任を肯定した判決を紹介する。
 大阪地裁平成29年4月26日判決は、加害中学生の親の責任を認めた。この事故を起こしたのは、同様に自転車に乗った中学生であり、かたや被害者は交差する幹線道路を無灯火のままバイクを運転していた。この加害中学生は、事故当時は、中学1年であり、13歳になったばかりであった。同中学生が幹線道路を横断しようとした際に事故が発生した。この事故の過失割合について、三村憲吾裁判官は、バイク運転者に60%、加害中学生に40%の過失を認定した。
 そして、加害中学生の親の責任について、一般論として、両親には、加害中学生が自転車を運転するに当たっては、交通ルールを順守するだけでなく、前方左右を注視する等自転車運手者として基本的な注意義務を怠らないように指導監督する義務があったと述べた。
 その上で、今回の加害中学生の道路横断行為について、①本件事故現場が危険な場所であったこと、②加害中学生が、学習塾から帰宅するに当たっては、あえて本件事故現場を横切る理由がなかったことから、両親が、「指導監督義務を果たしていたとは到底考えられず、同義務を怠ったものと認めるのが相当である。」と判示し、両親の責任を認めた。
 ここで、同じような中学生による自転車事故であるのもかかわらず、なにゆえ判断が分かれたのかという点が問題となる。二つのポイントがある。
 第1に、中学生の年齢である。同じ中学生であっても、年齢が低いほど親の責任が認められやすくなる。年齢が高くなればなるほど、その分、大人に近くなるわけであるから、逆に親の責任は否定される方向に行く。
 第2に、事故に至った原因である。人間誰しも、不注意で事故に遭ったり、逆に事故を起こしたりする。しかし、同じように事故を起こした場合であっても、自分から危険な行動を起こして、その結果、事故を起こし、他人に被害を及ぼしたときは、非難のレベルが高くなる。親についても同様であり、危険を冒して事故を起こした中学生については、親が監督を怠ったためそのような事故を起こしたのであるとの非難が集まる。つまり、法的な責任を問われるということである。分かりやすい例をあげれば、親の言うことを聞かないヤンチャな中学生が起こした事故については、親は監督責任を免れないということである。
なお、昨今、街の中で、自転車に乗って通学・通勤する学生や勤労者の姿をよく見る。私が危ないと思うのは、イヤホンを耳につけて自転車を運転する行為である。これは、道交法でも禁止されていたと記憶するが、依然として目につく。
 当人は、イヤホンをしていても、外の音は聞こえるから「自分は大丈夫である。」と考えているのかもしれない。しかし、それは間違いである。
 イヤホンを耳につければ、その分、外の音が聞こえなくなることは確実なのであるから、その分、外から聞こえてくる音を頼りに危険を察知する力が低下し、極めて危ない。仮にそのような危険行為が原因となって事故を起こした場合は、どのように言い訳をしようとも、責任を免れることはできない。
 万が一に備えて個人賠償責任保険に加入すると同時に、イヤホンを耳に入れたまま自転車を運転することを、即時、止めるべきである。

日時:14:36|この記事のページ

亡国の野党議員を叱る

2018年04月18日

 世界各国の主要な関心事とは、自国の経済的な発展をどのように進めるかということであり、また、自国の安全保障をどのように確保するかということである。そのほかにも、地球規模の環境問題など真剣に議論するテーマが多くある。
 そのような重要案件が目白押しの世界状況にあって、日本の野党の国会議員のアホさかげんには、あきれるほかない。いつから、日本の野党の国会議員は、このような「小粒な人間の集まり」になってしまったのであろうか?落ち着いて国家百年の行く末を考えるというような人物はほとんどいない。
 野党の国会議員は、週刊誌の記者並みに、他人の私的なゴシップを執拗に追いかけることに執心し、あるいは確たる証拠もないのに、総理大臣(又はその夫人)の地位にいるというだけの理由で、「総理は、行政職員に対し、不当な働き掛けを行ったはずだ」と集団イジメに走っているのである。
 では、具体的に指摘する。第1に、森加計問題については、いろいろな人物がいろいろな発言を行っている。どの発言が正しく、どの発言が間違っているかについて、ここで検討することは、余り意味がないと考える。大事な点は、行政決定の過程に、行政法違反又は刑法違反があったか否かである。
 仮にその点について法令違反を根拠付ける証拠がない場合は、要するに違法行為が司法機関によって今後認定されることはないということであり、仮に、「総理の意向」というものが、政策決定過程において混じったことがあったとしても、野党議員が騒いでいるほどの価値は全くない。
 総理大臣とは行政のトップであり、それなりの権力があることは当たり前のことである。いろいろな思惑を持つ人間が、権力を持つ総理大臣に集まってくることは、時代や思想を問わず、人間社会では当たり前のことではないのか。この世は、聖人君子の集まりではないのである。
 価値のない問題について、野党議員が騒ぐことは、国費の無駄遣いに繋がる。本来であれば、大切に使う必要のある国費を、野党議員の無駄な活動によって浪費させられてしまっているということである。これほどおかしなことはない。
 第2に、財務省の所管する行政文書が、不適法に管理されていたという問題であるが、今回のことで、これまでのような考え方ではダメだということが、財務省の職員に分かったか否かの点が重要である。過去に遡ってあれこれ詮索し、これ以上非難しても大した意味はない。重要なのは今後である。財務官僚が、心から反省して、以後、今回のようなことがないように努めるという姿勢を示すことが重要なのである。
 刑事裁判においても、罪を犯した刑事被告人が、法廷で、更生を誓っているのかどうかという点は、裁判官の関心事である。仮に法廷で反省の態度を示さず、また、今後の人生において更生する意欲もないと発言した場合は、厳しい刑の言渡しが行われる。
 第3に、防衛省の日報問題である。私は、この問題の詳細を把握しているわけではないが、自衛隊が、イラクという、普通に考えて危険な場所に派遣された以上、「戦闘行為」に直面することがあり得ることは、むしろ当たり前である。そのような事実があるにもかかわらず、「非戦闘地域」に限定して自衛隊を派遣するというイラク特措法に、そもそも問題がある。なぜ、そのような無理をしているかといえば、原因は、欠陥憲法(9条)に行きつくのである。
 自衛隊は、そもそも何のためにあるのかといえば、他国からの侵略行為に対し、我が国の国土・国民・財産を守るためである。自衛隊が、その任務を果たす過程で、侵略国にも我が国にも多数の死者が出ることは避けられない。
 中には、「戦争は嫌だ。平和主義を堅持する」と唱える人々がいる。唱えることは自由であるが、その代償として、侵略国の軍隊と闘わなかった日本人は、我が国を侵略した国によって、奴隷のような立場に置かれることを我慢しなければならない。あるいは、侵略国の軍隊に拉致されて、侵略国の国内で死ぬまでこき使われることを覚悟しなければならない。しかし、私は、そのような生き方は選択しない。我が国の防衛のための戦いに参加し、自分に与えられた任務を果たすつもりである。
 第4に、財務省の事務次官のセクハラ問題である。財務省の事務次官といえば、おそらく本人は、日本国の行政職の公務員のトップであるという風に思っていたに相違ない。
 私の眼からみても、嫌なタイプの人間である。
 しかし、だからといって、野党議員のように、「福田財務次官は辞めるべきだ」とは考えない。理由は、次のとおりである。
 ① 福田次官は、自分が、女性記者と会ったことはないと主張していること。かたや、野党の主張は、当然、福田次官は、女性記者と近所のバーで会っていた、その際に、福田次官はセクハラ行為ないし発言を行ったという認識に立っている。そうすると、事実関係において双方の主張が矛盾することになる。
 ② 財務省は、女性記者に対し、財務省が顧問契約をしている弁護士に対し、「自分がお相手でした」と名乗り出て欲しいという。これに対し、野党の議員は、取材源の秘匿は報道人にとって守らなければならない基本である、との理由で批判を加える。野党議員のいう「取材源の秘匿」とは、ニュースソースを明かにする必要はないという意味である、ネタ元を明かにする必要はないという意味である。週刊誌の記者からみて、女性記者はネタ元に相当するから、女性記者が名乗り出るように求めることはおかしいという意味である。
 しかし、この女性記者は、職業がもともと記者なのであるから、仮に財務次官に呼ばれ、バーに行ったことが本当であるとしても、それはあくまで仕事の上での行動にすぎない。プライベートに会っていたのではないから、プライバシー侵害の問題は起こり得ない。また、昔から週刊誌に掲載された記事は、いわゆる「話半分」程度の信憑性しかないと言われる。つまり、女性記者が本当にそのような発言をしたのかどうかは、我々には不明だということである。したがって、財務省が、女性記者に対し名乗り出るよう求めていることには一定の合理性がある。
 さらに、女性記者が録音データを週刊誌に提供することも問題があろう。
 森加計問題では、あれほど「真相の解明が必要である」と騒ぎ立てる野党議員も、なぜか、今回の一件では、女性が名乗り出ることに反対し、真相解明の意欲をみせない。
世にいう「二重の基準」という姿勢であろう。同じような問題が起こっても、身内あるいは味方には寛容であるが、政権又は反対勢力に対しては徹底した姿勢を見せるという行動原理である。その一例が、山尾議員の不倫問題である。山尾議員は、一貫して不倫を否定している。仲間の野党議員は、このことには口を噤み、触れようとさえしない。
 ③ 事務次官が辞任するということは、本人からすれば公務員の身分を失うということである。仮に、任命権者が公務員に対し、懲戒免職処分を下そうとした場合、そのような不利益処分を根拠付ける事実が必要である。例えば、公務中に酒酔い運転をして、歩行者を轢いて死亡させ、かつ、救護義務を尽くさずに逃げてしまったというような重大事案でないと懲戒免職処分を行うことはできない。
 しかし、今回の事務次官の規律違反は、せいぜい厳重注意にとどまるか、戒告に相当する程度の軽いものにすぎない。したがって、福田事務次官は、周囲からの圧力に屈して辞任するべきでない。
 野党議員を含め、国会議員は、国から多額の歳費を受け取っているのであるから、現在、日本が抱える問題について、国会において討論を行い、又は問題の解決に向けた行動を起こすべきであり、いつまでもくだらない小事にかまっているべきではない。

日時:16:11|この記事のページ

米・英・仏によるシリア攻撃を支持する

2018年04月16日

 アメリカ・イギリス・フランスの連合軍が、シリアを巡航ミサイルで攻撃した。
 私はこれを支持する。
 アメリカ・イギリス・フランスの3国が、シリアを攻撃した理由は、シリア政府軍が、シリア国内の反政府勢力に対し化学兵器(毒ガス)を使用し、幼い子供を含む住民の多数に死傷者が出たことを、許さないためである。
 これに対し、ロシアやシリア政府は、化学兵器を使用した事実はないと主張している。かたや、アメリカ・イギリス・フランスは、シリア政府が反政府組織の支配する地域に対し、化学兵器を使用した証拠があるという。
 私は、シリア国内で実際に現場を見たり、あるいは関係者から話を細かく聞いているわけではないから、あくまで状況証拠によって判断する以外にない。
 しかし、今回の件は、シリア政府が化学兵器を使用したと判断できる。その根拠として、①シリア政府には化学兵器を使用した前科があること、②シリア政府は、化学兵器の生産に熱心な北朝鮮と親密な関係にあること、③シリア政府の後ろ盾となっているロシアは、ロンドンに住んでいる元スパイを殺害しようとした濃厚な状況証拠があること、④シリア政府は、アサド大統領が支配する独裁国家であり自分に都合の悪い情報を隠蔽することは朝飯前であること、などの理由があげられる。
 化学兵器は、国際法で使用が禁止されている。したがって、どこの国であっても使用をすることは国際法に反することになる。化学兵器を使用すれば、悲惨な結果を招くことが既に第一次大戦の結果、分かったからである。
 今回、アメリカ・イギリス・フランスの3か国が共同で軍事行動をとったことは十分に理解できる。仮に「見て見ぬふり」をすれば、シリアなどの独裁国家が、やりたい放題の行動をとる危険があるからである。
 ロシアは、シリア政府や自分たちが化学兵器を使用するはずがないと主張しているが、全く信用できない。とにかく信用できないのである。
 第一、ロシアは、太平洋戦争の末期に我が国が連合国に対し無条件降伏を申し出た直後に、我が国とソ連との不可侵条約を一方的に破棄して、我が国固有の領土に対し侵略行為を開始し、現在でも、歯舞・色丹の島々と国後島、択捉島を不法に占拠している、とんでもない侵略国家なのである。
 ロシアは、今回の米・英・仏の3か国によるシリア攻撃に対し、国際法を無視した侵略行為であると非難しているが、私としては笑う以外にない。あたかも泥棒が、職務を適正に遂行している警察官に対し、「法律違反である。けしからん」と言っているようなものだからである。
 しかし、羽鳥モーニングショーを見ていたところ、日頃から、おかしな見解を述べることが多いT氏(テレ朝の社員)が、「他国に対する攻撃は許されない。ロシアの言っていることを嘘であると考えることもできない」などというコメントを発していた。
 私としては、「いつものとおりだな」と思った。このT氏は、森加計問題については、「総理の関与があったに違いない。関与が疑われる」という意見を、あれだけしつこく述べておきながら、今回のロシアの主張については、「ロシアの主張を信用しなさい」というおかしな意見を述べるのである。
 この人物は、テレ朝の社員であるから、ワイドショーでコメントを求められた場合は、親会社である朝日新聞の意向に沿った発言をする義務があるのであろうが、実に可哀そうな人物であると感じた。

日時:14:31|この記事のページ

「農地法の実務解説」の誕生

2018年04月12日

 私は、平成2年に愛知県弁護士会で弁護士登録をした後、しばらくしてから法律の専門書を書こうという気持ちが生じた。具体的には農地法の解説書を書こうと考えたわけである。農地法は、岐阜県職員時代に農地転用許可事務を担当していたこともあって基礎知識があり、また、当時、農地法を解説した法律書がほとんど何もなかったこともあって出版しようと考えたわけである。書いて出版すれば必ず売れると見込んだのである。
 しかし、出版社に特に伝手があったわけでもなかったので、消去法として、地元に本社があり、また、法律書の出版社としての存在感があった新日本法規出版社を選び、すぐに本社を訪問した。平成3年頃のことであったかと記憶する。
 その結果、当時の会社の副社長の方から、「やりましょう」という返事をすぐにいただくことができた。私は、それまでに原稿用紙に自分で原稿を書いた経験がなかったので、出版社から、真新しい原稿用紙を受け取ったときは、何か感慨が湧いた。
 しかし、当時、原稿は、全部鉛筆で手書きするほかなく、全く休みのない日が続いた。何とか、翌年には原稿を完成したが、当時、たまたま法改正があって、予定よりも作業が遅れた。
 原稿を手書きで書くことも大変であるが、その後の校正作業も大変であった。
当時、もちろん出版社の校正担当の方の校正意見も参考にしたが、最終的な責任者は著者である自分であり、校正作業には非常に気をつかった。
 印刷されて世に出てしまった後に、記述内容に間違いが発見されてはいけないし、記述自体は正しくても活字になった際に、ミスが発生することも許されないのである。
 また、原稿には「締め切り」というものがあり、自分の都合だけで好きなように時間を費やして原稿を書くということもできなかった。
 このようにして、私の最初の著書である「農地法の実務解説」は、平成5年7月10日に初版の3000部が出た。その後、予想以上に売れ行きがよかったため、同年11月15日に第二刷が出た。その後、この本は、平成11年7月14日に改訂版が、翌平成12年8月28日に改訂補正版が、翌平成13年10月25日に改訂補正二版が出た。
 このたび、実に17年ぶりに三訂版が発売されることになった。発売時期は、本年8月頃の予定である。読者諸賢におかれては、大いに期待していただいて結構である。

日時:15:16|この記事のページ

進路が定まらなかった学生時代

2018年04月03日

 今週は、例年どおり、新年度が4月1日から始まった週である。
 新聞記事などを見ると、官庁や民間企業に新たに就職した職員や新入社員のフレッシュな姿が紹介されている。
 私は、昭和50年の3月に名古屋大学法学部を卒業し、同年4月1日、新採用職員として岐阜県に就職した。
 しかし、最初からそのような路線を設定していたのではなく結果として岐阜県職員になったというのが正しい。実はそこに至るまでには、短時間では語りつくせない事情がある。
 昭和48年の夏、私は、翌昭和49年の春に、そのまま卒業するか、あえて留年するかの選択を迫られていた。当時、私の友人の大部分は、メガバンクか、日本を代表するような一流メーカーや商社に就職が決まっていた。私も、実は、大阪に本社がある某金融機関の試験を受けて、採用が内定していた。
 ところが、家庭の事情もあって、私としては、外に飛び出すことを断念し、なるべく地元に残ることを最優先の選択肢としていた。具体的に言えば、将来も地元で生活できる弁護士にでもなろうと考えていたのである。
 しかし、当時の司法試験は、現在の司法試験とは全く比較にならない日本で最高に難しい試験であった。当時の合格率は3%であった。要するに、100人が受験して、最終合格できるのは3人という難関であった。
 ただ、私としては1年だけ留年して司法試験にかけてみようと考えたのである。そこで、4年生のときにわざと単位を落として昭和49年の4月から留年生となった(正式にはもちろん4年生である。)。しかし、昭和49年の5月に実施された司法試験短答式試験は不合格で終わった。
 簡単に受かるはずはないと考えていた私であったが、実際に落ちてみるとショックであり、「やはり難関の司法試験は、短答式試験で門前払いされた。もう後がない。」と追い込まれた。家庭の事情もあって、何年も浪人をする経済的余裕などなかったのである。
 そこで、国家公務員上級甲種試験(キャリア官僚を採用する国家Ⅰ種試験)を受けようと考えた。これまで、国家公務員になる計画など全くなかったので、ぶっつけ本番で昭和49年の7月(6月だったかもしれない。)に受験した。試験会場は、勝手知ったる名古屋大学の校舎であった。試験会場に入ってびっくりした。物凄い数の受験生がいたからである。
 問題を順番に解いていったが、憲法や民法は易しく感じた。当時の司法試験のレベルよりも容易というか、素直な問題が多かった。したがって、法学部の授業をまじめに受けて、それなりに勉強をしていれば、正解できる良問ばかりであった。
 結果は、合格していた。
 二次試験は、昭和49年の夏に、名古屋市内の会場で行われた。論文試験と人物試験であった。そのときは、さすがに受験者の数も絞られており、皆、自信満々という顔ぶれがそろっていた。
 出題科目は、憲法、民法、行政法の3科目であった。憲法と民法は司法試験の主要科目とかぶるので、それなりに勉強もしていたが、行政法は、大学の授業で使用した薄い本しか読んでいなかったため、全く書けなかった(白紙答案であった。)。確か「無名抗告訴訟について論ぜよ」という問題ではなかったかと思う。行政法は、大学の単位こそ取っているが、大学の法学部の単位など全く重みがなく、たとえ「優」であっても、評価は、「その科目について一応勉強したことがあることを認める」といった程度の軽いものにすぎなかった。
 しかも、当時、名古屋大学法学部では、無名抗告訴訟の講義(行政争訟法)は、必須科目ではなく、特別講義として行われていたため、たまたま私は受講していなかった。仮に、授業をまじめに受けていたら、行政法の答案もそれなりに書けていた可能性が高く、国家公務員の二次試験の際は、本当に「しまった。こんなことなら行政法をもっと熱心に勉強しておけばよかった。」と思った。
 その後に分かった結果は、やはり不合格であった。
 当時、つまり昭和49年の夏、私は滑り止めに、岐阜県職員の上級試験も受けていた。こちらの方は、岐阜市内の高校を試験会場として実施された。問題は、あっけないほど簡単であり、問題の難易度を、司法試験が10、国家公務員上級職甲種試験を7としたら、岐阜県職員の採用試験は、せいぜい2か3のレベルであった。大袈裟な言い方であるが、当時、「目をつむっていても正解できる」と感じたほどである。問題外の易しい試験であった。岐阜県職員の採用試験の方は、100パーセント合格を確信し、結果も予想どおり合格であった。
 以上のような経緯を辿って、私は、昭和50年4月1日に、正式に岐阜県職員となったのであるが、当時、私は、このまま岐阜県職員で終わる気はなく、できれば司法試験に合格したいと考えていた。
 しかし、試験の難易度だけで考えれば、国家公務員上級甲種試験の方に再度力点を置いていたとしたら、その方が合格できる可能性は高かった。昭和50年の4月に岐阜県職員として採用された者(同期生。ただし東大法学部卒)の中には、同年夏に実施された国家公務員上級甲種試験を受験し直して、見事合格した者もいるのである。
 仮に、私がそちらの途を選択していた場合、その後は、どこかの省庁の職員となって「全体の奉仕者」としての一生を終え、今ごろは、どこかの外郭団体の理事にでもなっていたであろう。
 現在、司法試験は、過去の国によるデタラメな政策の実施により、需要を大きく上回る合格者が出てしまい、たとえ、試験に受かって弁護士になっても、若手の場合、ほとんどまともな生活ができない苦しい状況と聞く。現在であれば、私としては、司法試験は、決してお薦めできないB級試験と評価するほかない。

日時:15:34|この記事のページ

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