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弁護士日記

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甘利大臣辞任の報を受けて

2016年01月29日

 昨日、経済再生担当大臣であった甘利明氏が辞任した。辞任の原因は、知り合いの建設業者の代表者の男から金を受け取ったが、政治資金収支報告書に適切に記載されていなかったという疑惑である。金を受け取った時期と場所は、1回目が、2013年11月に霞が関の役所の大臣室であり、2回目が、2014年2月に地元の神奈川県大和市の事務所内だったとされている。
 金額は、2回で、僅か合計100万円である。それだけであれば、辞任にまでは至らなかったであろうが、これに加え、甘利氏の秘書が、知り合いの建設会社から受け取った500万円のうち300万円を私的に流用したという疑惑も浮上した。そのため、秘書の責任も取らされた形で、辞任に追い込まれたものである。
 この事件は、何か裏があるのではないか、と私は見ている。なぜなら、2013年の11月と2014年の2月というと、現時点から2年以上も前の話だからである。2年以上も前の話が、なぜ、本年2月にニュージーランドで予定されているTPPの署名式の直前に出てきたのであろうか?いかにも不自然である。
 また、建設会社の代表者の男が、当時、密かに録音を行っていたというのも動機において疑念がある。当時、その男性が、お金を渡す際に、わざわざ録音までしたということは、後日、その録音を何かの目的に利用しようという意図があったということしか考えられない。
 そして、その意図とは、最初から、甘利氏が、説明の付かないお金を受け取っていたという事実を後日になってから立証する目的で行ったか、あるいは、録音をネタに甘利氏に対し何らかの圧力を掛けようとする意図があって行ったのか、の二つに絞られるからである。
 いずれにせよ、甘利氏が、そのような胡散臭い男性を自分に近づけてしまったことは、代議士人生における最大の失敗であった。
 甘利氏の上記行為に対し、私は弁護するつもりはない。しかし、野党がこの一件をネタにして、国会で甘利氏の上記責任や、口利き疑惑を追求し、さらに、同氏を任命した安倍総理の任命責任を追及することには異論がある。確かに、甘利氏は、法に触れかねない行為を行った。また、口利き行為と言われても仕方がない行為を行った。そのことには重い責任が発生する。
 しかし、だからといって、安倍総理が今まで進めてきた経済政策や、TPP交渉をここで頓挫させることはできない。仮にそのようなことをした場合、我々国民に大きな不利益となって跳ね返ってくるからである。
 一番重要なことは、野党に、甘利氏の責任を追及する資格があるか?という根本的な疑問である。与党・野党を問わずに、地元の選挙区に有利になるように行動することは、むしろ当たり前のこととされている。地元に公共事業を行うための国家予算を付けるよういろいろと、見えない形で霞が関の省庁に働きかけて尽力することは、誰でもやっていることなのである。これも、一種の口利きと考えることもできないわけではない。
 与党議員の他に野党議員もそのようなことを当たり前の行為として認めておきながら、甘利氏が、僅か50万円や100万円の金銭を受け取った途端に、何か鬼の首を取った如く喜んで、騒ぎ立てるのはおかしい。自分たちが来るべき選挙で優位に立ちたいという魂胆しか窺えないのである。
 まして、今回のことを理由に、野党が、TPP交渉が進まないように運動することは、全く筋違いの話であり、また、国益を害するものとして絶対に認めるわけにはいかない。資源の無い我が国が、今後も先進国の一員として存在しつづけるためには、貿易を通じて外貨を獲得するほかないのである。そのためにも、TPP交渉を積極的に前進させる必要がある。
                

日時:16:20|この記事のページ

新版事実審理(有斐閣)を読んで

2016年01月27日

 事務所の書架にあった古くなった法律書を整理整頓していたところ、棚の後ろの方から「新版事実審理」(岸盛一・横川敏雄著)が偶然に出てきた。本の奥付けをみると、昭和63年9月20日新版初版第5刷発行と書かれている。
 本の発行年からみて、私が、司法修習生だった当時に、おそらく司法研修所から推薦を受けた優良図書として、他の修習生と同じように購入したものに間違いない。本の頁をめくると、ところどころ赤鉛筆でラインが引いてある。重要な箇所を記憶に残すために線を引いたのであろう。
 ちょうど、暇な時間ができたので、本を読んでみた。そこに書かれているのは、昭和63年当時の刑事裁判に関する記述であるから、もちろん、現行の刑事訴訟法の内容とはかなり異なっている。
 しかし、基本的な物の考え方は、今も昔もほとんど同じである。また、刑事事件と民事事件では訴訟の構造が全く違うが、証人尋問に関する規制は、内容的に見た場合、ほとんど異ならない。
 この本は、第2章で「集中審理と交互尋問」という内容が書かれている。いろいろと傾聴に値することが書かれている。
 本書の33頁以下を見ると、交互尋問の重要性という点が強調されている。当事者である検察官又は弁護人が、証人尋問をする際の留意点が分かりやすく説かれている。
 本書は、第1に、尋問を行うに当たっては、裁判官の心証を形成するのに適切で、無駄のない問答をするということが重要であるとされ、裁判官にわからせることが肝心であると書かれている。全くその通りである。
 この点は、民事裁判であっても同様である。私の場合、民事裁判の委任を受けることがほとんどであるが、尋問を行うに当たっては、重要な争点について、裁判官に理解してもらうことを第1に心掛けている。尋問時間には制限があるため、自由に尋問できるわけではなく、質問項目を厳選して、重要ポイントになるべく多くの時間を費やすようにしている。
 本書は、第2に、上記した点にも関連するが、発問の範囲を訴訟上価値のある事項に限定することが肝要であると説く。私の経験でも、法廷で、相手方の弁護士が、余り意味のないような質問に多くの時間を費やしている姿を目にしたことがある。しかし、このような作業は、訴訟に勝つという目的からは、全く無駄である。
 中には、私が主尋問で時間不足のために省略せざるを得なかった事柄について、相手方の弁護士が、ご丁寧にも詳しい質問をしてくれた例もある。お蔭で、私が聞きたかったことを、相手方の弁護士が全部聞いてくれたというケースである。
 この点は、反対尋問をする際に気をつけなければならないポイントであり、専門書にも留意点として解説されていることが多いが、弁護士の経験が浅いと、余計な反対尋問をしてしまいがちである(私も駆け出し弁護士の頃は、余計な深追い質問をして、後で反省したことがある。)。
 本書は、第3に、法律上禁止されている誘導尋問や、伝聞を求める発問は慎むべきであるとも説く。当然のことであろう。ところが、経験不足の若手弁護士などの質問を見ていると、禁止されている誘導尋問や、伝聞証言を求める質問を何回も行う姿を目にしたことがある。
 このように、本書は、弁護士にとっては、有益な話が満載である。今では絶版になっていて、もはや入手できないかもしれないが、若手弁護士に対して広くお薦めできる本と言ってよい。

日時:10:34|この記事のページ

賠償金が5.7倍に増えた

2016年01月15日

 昨年の4月に交通事故の被害者の方からご相談を受けた。被害者である丹羽さん(ただし、仮名です)は、バイクに乗って信号待ちをしていたところ、後ろから車に追突され、頸椎捻挫の傷害を受けた。病院に通って治療に務めたが、頚部に痛みが残り、また、手指にも痺れが残ったままであるという説明だった。
 私の方から、「後遺障害の等級の認定は受けましたか?」と質問すると、加害者側の損保会社を通じて等級認定の手続きをとってもらったが、「非該当」との結果であり、提示を受けた賠償金は57万円と、微々たるものにすぎない、これでは納得できない、というお話しであった。
 丹羽さんから、障害等級が付かないか、異議申立をして欲しいという要望が出た。
 確かに、異議申立をするという方法はあるが、異議申立をすれば必ず通るということではなく、実際には、通らないことが多いという説明をした。しかし、異議申立をして欲しいという依頼が重ねてあったので、私としても、依頼を了解し、早速、自賠責保険に対し、昨年の7月に、異議申立を行った。
 しばらくして、昨年の10月に自賠責保険から、14級の障害等級が認められた旨の通知を受け取った。そこで、私は、14級の障害等級を基に、昨年の11月に日弁連交通事故相談センター愛知県支部に対し、示談斡旋の申立を行った。
 今年になって示談斡旋の第一回目が愛知県弁護士会の中で開催された。当日、加害者側の損保会社の担当者も出席した。当方の申立に対し、加害者側の損保会社の担当者は、示談斡旋担当弁護士に、いろいろと意見を述べたようであり、私も、示談斡旋の担当弁護士から、「損保の担当者は、このように言っていますよ」と伝えてもらったが、私は、いちいち「そのような意見は通りませんね」と全部否定した。
 私がそのときに感じたのは、そのようなおかしな意見を述べるということは、何も実務が分かっていないな、ということであった。
 例えば、その担当者は、慰謝料の算定に当たり、「青い本」の数字を用い、低めの金額を提示していたが、示談斡旋の場では、そのような数字は全く問題にもならないことは、多少なりとも実務を知っていれば分かることであった。
 示談斡旋の場では、いわゆる弁護士会基準又は裁判所基準が適用されることは、いわば常識であり、その常識を知らない「素人」が、示談斡旋の場に顔を出す資格は、そもそもないのである。
 示談斡旋の結果、第一回目で示談が成立した。加害者側の担当者は、示談斡旋担当の弁護士から聞いた話では「苦渋の選択だった」と発言していたようであるが、見当違いも甚だしい。
 私が、仮に、少しばかり物分かりの悪い人間であったとしたら、「示談斡旋はもう結構です。訴訟で決めましょう」といって席を立っていたことになっていた。仮に訴訟になったら、賠償金額は、示談斡旋の金額よりも、1割から1割5分程度増えていた可能性が高い。
 案の定、賠償額が決まって、示談斡旋の行われている部屋に入ると、加害者側の担当者も入室したが、その担当者は、年齢の若い男性であった。やはり、私が想像したとおり、若葉マークを付けた初心者とお見受けした。
 さて、賠償額は、示談斡旋の結果、丹羽さんが当事務所に来られた時点の57万円から、250万円に増額した。また、丹羽さんは、障害等級14級が付いたことで、既に75万円を受け取っておられたことから、これを加算すると、合計で325万円となる。ご相談時から僅か9か月後には、賠償金額が5.7倍の増額となったのであった。

日時:10:40|この記事のページ

世界情勢について考える

2016年01月13日

 年が明けて、申年を迎えた。昔から申年は荒れるという。今年の世界情勢は、ますます混乱の度を深めてゆくのではないか、と予想する。
 世界の荒波をうまくかわして、日本国を安定軌道に乗せるのは政治家の仕事であって、われわれ弁護士の仕事ではない。政治家にとって一番大切な資質とは、我が国の国益を最大限に実現し、国民に対し幸福をもたらす能力を備えているということである。
 その場合、政治家の判断が間違った方向に向かわないようにするためには、しっかりとした国家観及び歴史観を持つ必要がある。深い教養が必要となる。
 しかし、この点が不十分な政治家が世の中には余りにも多すぎる。国家公務員試験で好成績をとる能力は長けていても、あるいは国民向けの人気取りのパフォーマンスをすることには才能があっても、現状を正しく把握し、将来を見通す能力を欠く政治家が多すぎるということである。頭の中が空っぽで、ほとんど内容がないということである。
 昨年も、自民党の総裁選に出ることを匂わせていた某女性政治家が東海地方にいる。その女性政治家は、昨年の秋に、「今、中国が南シナ海でやっていることはそんなに問題ではない。」という間違った認識を示した。この女性政治家は、全く、何も分かっていないというほかない。私としては、このような、国益を損なう危険のある政治家には、一日も早く引退してもらいたいと考える。
 平均点以下の政治家の考えていることは、普通、如何にしたら、自分が国会議員で居続けられるか、という保身術だけである。自分のことにしか関心がないということである。
 さて、国際問題についていえば、我が国の周辺国は、「危険な国」ばかりである。(ⅰ)独裁者の命令に従って無謀な核実験を繰り返す北朝鮮、(ⅱ)武力でクリミア半島をウクライナから奪い、また我が国の北方領土を長年不法占拠し続けるロシア、(ⅲ)南シナ海の島に周辺国の非難を完全に無視して飛行場を建設し、また尖閣諸島周辺の我が国の領海に対し侵犯を繰り返す中国、(ⅳ)慰安婦問題で歴史を曲げてまで我が国の足を引っ張ることに情熱を傾け、また我が国固有の領土である竹島を不法占拠し続ける韓国である。これらの国のうち、まともな国と呼べる国は、一つもないといってよい。せいぜい台湾が、及第点をとっている程度である。
 これらの「危険な国」に共通していえることは、「自分さえよければ、他国のことなどどうでもよい」という自己中心的な思想である。このような危険な国を近隣に数多く抱える我が国としては、どうすればよいのか?
 一番重要なのは、危険な国があえて行う可能性がある侵略行為から、我が国の領土、国民の生命、安全、財産等を守るということである。その場合、前提として、我が国は、国際情勢を的確に分析・収集する能力を備える必要がある。外国の情報を自前で十分に収集する必要がある。ところが、残念ながら、我が国には、アメリカやロシアのような専門の情報機関がない。その点が、大きな欠陥といえる。早急に、国際情報の分析・収集機関の設置を検討すべきであると考える。
 次に忘れてはならない点は、自衛力=国防力=軍事力を切れ目なく整備することである。上記に掲げた「危険な国」と対峙しようとした場合、自衛力=国防力=軍事力が第一に物をいう。
 ここで、反対意見として、「軍拡競争などしたら、きりがない。あくまで対話で紛争を解決すべきだ。」という批判をする評論家を多く見かける。しかし、そのような浅はかな考え方は、我々国民に対し災難を及ぼす可能性が高い。
 「危険な国」とは、要するに、話合いではなく、実力=軍事力を行使して、現状を変えることに全く疑問を持たない国である。そのような国に対し、「話せば分かる」などと能天気に考えていたら大変なことになる。ちょうど、国内の広域暴力団に対し、「話せば分かる」と考えて交渉を試みるようなものである。しかし、まともな社会人で、そのような馬鹿げた考え方を支持する者など、誰もいまい。
 相手は、最終的には「力勝負」で事を決着させることを正しいと考えている国である。したがって、そのような「危険な国」を相手にした場合、我が国としては、自衛力=国防力=軍事力を普段から十分に整備しておくことが必要不可欠なのである。

日時:10:46|この記事のページ

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