お問い合わせ電話番号
受付時間:午前10時~午後5時

052-211-3639

電話でのお問い合わせ
メール相談申し込み

弁護士日記

弁護士日記

最新交通事故判例紹介(その6)  事故被害者の過失割合を10%とみた事例

2017年12月22日

 交通事故によって被害者に損害などが発生した場合、被害者は、加害者に対し損害賠償の請求を求めることになる。その場合、よく問題になるのが過失相殺という概念である。過失相殺とは、公平の観点から認められるものである。つまり、事故の発生について被害者にも落度がある場合に、被害者の落度に応じて賠償金額が減額されるという仕組みである。ただし、過失相殺をするか否かは、裁判官の裁量に委ねられており、裁量権の範囲内における判断については、双方の当事者とも異議を出すことはできない。
 さて、名古屋地方裁判所は、平成28年2月26日、次のような判決を出した(交民49巻1号288頁)。
 この事故は、名古屋市中川区富田町で発生した。東西道路を西から東に向けて走行していた車両(優先車両A)と、交差する南北の道路を南に向けて走行していた車両(非優先車両B)が、交差点で衝突したというものである。
 この道路は、Aが走行していた方が優先道路となっていた。つまり、東西の道路は、中央線により区分された片側1車線の道路であった。他方、Bが走行していた南北の道路は、そうではなく非優先道路となっていた。
 ここで、双方に不注意があって、Aの車両とBの車両が交差点内で衝突事故を起こしたのである。原告Aの主張とは、被告Bは全く右方向を確認することなく原告運転の被害車両が走行する幹線道路に突然進入してきたのであるから、被告には著しい過失があり、他方、原告には何らの過失もないから、過失相殺をすべきでないと主張した。
 これに対し、被告は、自分は一時停止の上で本件交差点に進入した。事故態様から原告にも10%の過失相殺を行うべきであると答弁した。
 双方の主張をまとめてみると、原告の方は、原告には過失はないとの主張であり、かたや被告の方は、原告にも10%の過失を行うべきであるという主張であった。
 これら双方の主張を踏まえ、名古屋地裁は、次のように判決した。
 そもそも、被告Bは、優先道路を通行する原告車Aの通行を妨害してはならない義務がある(道交法36条2項・4項)。にもかかわらず、右方の安全確認不十分のまま漫然と本件道路に進入して本件事故を引き起こしており、その過失の程度は大きい。
 一方、原告Aも、本件道路の交差点の手前で被告車Bが一時停止中であり、しかも、被告Bは原告Aの側を見ていないことに気が付いたのであるから、被告車Bの動静に十分注意し、適宜減速するなどして本件事故を回避することが可能であった。しかし、漫然と本件道路に進入しているから、全く過失がないとはいえないと判断した。
 その上で、名古屋地裁は、このように原告Aにも過失が認められるが、しかしその過失の程度は被告に比べて軽微であったと判定し、結局、原告Aに10%、被告Bに90%の過失を認めた。
 思うに、この名古屋地裁の判決は妥当なものといえる。原告Aの「自分には過失はない」という主張も、その気持ちは分かるが、原告Aは、交差点の手前で、明確に被告車Bが一時停止をしていることを知っていたのであるから、やはり、判決のいうように僅かの落度は免れないと考えられる。
 実は、この優先道路10%、非優先道路90%という数字は、弁護士などの実務家が頻繁に使用する「別冊判例タイムズ」に掲載されている基本的過失割合と同じである。私の経験に照らしても、別冊判例タイムズに掲載されている事故類型についていえば、余程の特別事情がない限り、そこに書かれた基本的過失割合に従って、実際の過失割合の認定が行われることが多い。
 今回、私は、現在、上記の事故類型とよく似た類型(国道を走行する原告車と側道から出てきた被告車の衝突事故)を扱った裁判の代理人(原告車側)をたまたま務めている。その事故で、被告の代理人弁護士は、何を勘違いしているのかはよく分からないが、原告車40%、被告車60%という過失割合を主張している。もちろん、被告がそのように主張することは、原則として訴訟上の権利であり、違法ではない。しかし、主張の度が過ぎると、裁判所によって違法の評価を受け、慰謝料が増額されることになる。この場合、実務上そのような事例は珍しいので、結果、判例雑誌に掲載され(判例時報2065号101頁)、いつまでも記録に残る危険がある。

日時:16:19|この記事のページ

藤井・前美濃加茂市長の姿勢に疑問あり  

2017年12月20日

 新聞報道によれば、岐阜県の美濃加茂市長であった藤井浩人氏は、最高裁の上告棄却決定を受けて、18日、異議の申立てを最高裁に行ったとの報道がある。
 藤井氏は、名古屋地裁で事前収賄の起訴事実に無罪判決を勝ち取った。しかし、名古屋高裁では逆転有罪となり、最高裁に上告したものの、11日に上告が棄却され、有罪が確定した。
 これに対し、藤井氏は、最高裁に対し異議の申立てを行ったのであるが、ここまでは普通の手法といえよう。しかし、19日の新聞報道によれば、仮に異議申立が退けられ、さらに再審請求も認められなかった場合は、民事訴訟を提起し、虚偽の供述を行った業者の男性に対し、「男性の虚偽の供述のために、刑事裁判で有罪が確定し、市長の身分を失ったことに対する損害賠償訴訟を起こす予定」との報道を聞き、私は疑問に感じた。
 今回の事件に関し、私は新聞報道に書かれたこと以上の事実を知るわけでもないから、本当に藤井氏が無実なのか、あるいは有罪とした名古屋高裁及び最高裁の判断が正しいのかの点は不明である。
 しかし、最高裁の決定が出る前の時点、つまり名古屋高裁において有罪の判決が出た直後の時点で、藤井氏の弁護人である郷原弁護士が、非常に自信満々の態度であったことが気にかかる。何か、名古屋高裁の裁判官は全く真実が分かっていない(有罪ではないことは、誰の目にも明白だ)といわんばかりの説明がされたことには、やや違和感があった。ある意味、有罪判決を下した3人の裁判官を批判したような様子がうかがえたのである(ただし、この点は私個人の印象にすぎず、そのような事実があったという意味ではない。)。
 果たして、一刑事弁護人が、そこまで言い切ってもよい事件であったのかどうか、という点には疑問が残る。より慎重な姿勢が望まれたのではないか、と思うのである。
 今回、藤井氏は、将来、贈賄側の業者の男性を民事事件で訴えることがあり得るという。
 しかし、これは疑問である。確かに、民事訴訟として成立することには疑いがないが、しかし、その訴えが裁判所で認められる可能性があるかと問われれば、非常に厳しいというべきだからである。贈賄側の男性は、賄賂を藤井氏に送ったということで有罪となった。かたや賄賂を貰った側の藤井氏も、今回の裁判で有罪となった。したがって、司法の判断は、贈賄側も収賄側もいずれも有罪である、という判断で固まったのである。そのような状況下、藤井氏が、業者の男性に対し、「賄賂を贈ったという嘘の証言(供述)で、自分は市長を辞めることになった。これは、民事上の不法行為に当たるから、損害の賠償を求める。」と民事事件で訴えても、刑事事件の確定判決は、藤井氏は賄賂を貰ったということで固まっているのであるから、「嘘の証言(供述)はけしからん。一体どうしてくれる。」と息巻いても、そのような主張が民事裁判所で認容されるとは思えないのである。
 藤井氏は、将来は、政治家の世界に戻りたいとの意向を持っているようである。であれば、今回の刑事裁判の経験を通じて、何が失敗原因であったのかを反省することに時間を費やした方が、時間の使い方としては有意義であると考える。
 藤井氏は市長に当選する前は市議会議員であり、その前は、地元で学習塾を開いていたと聞く。今回の容疑は、市議会議員時代に発生したことであり、当時、藤井氏の社会経験不足に付け込まれた事件であったといえよう。その意味で、「脇が甘かった」ということである。
 政治家の周辺には、得体のしれない輩が次々と寄ってくると聞く。政治に関わりを持つということは、ある意味、危険が伴うということであろう。十分に気を付けたいものである。

日時:15:56|この記事のページ

韓国とは、そろそろ手を切った方が良い(2)

2017年12月12日

 大阪市の吉村市長は、12月11日、アメリカのサンフランシスコ市との姉妹都市を解消することを今週内に決定すると発表した。
 事の発端は、サンフランシスコ市が、サンフランシスコにある反日団体が作った慰安婦像の受け入れを決めたことにある。そのため、吉村市長が渡米してサンフランシスコの市長に会って撤回を求めようとしたが、サンフランシスコのリー市長は、吉村市長との面会を拒絶した上で、慰安婦像の受入れ(正確には、反日団体が作った慰安婦像の設置されている土地を、市の公共の場として無償で譲り受けたものである。)を肯定する旨の回答を行った。サンフランシスコの市長は、中国系の人物であり、支持母体が、移民としてアメリカに渡った韓国人や中国人の子孫であるから、自分に投票してくれる反日団体の意向に沿うような行動しかとれないのである。したがって、吉村市長との面会を断ったのは当然の結果であろう。
 韓国をはじめ、世界の韓国系の反日団体は、今では、反日活動を行うこと自体が目的となっている。反日活動を行うことで、我が国から何かの見返りを得ようとするのではなく、世界における我が国の評価を低下させること自体が目的となっている。換言すると、我が国を貶める行為を拡大・増強することが目的となってきている。
 産経新聞12月12日の朝刊によれば、アメリカだけでも、現在確認されている数は、慰安婦像が5か所、慰安婦記念碑が5か所であり、今後の増加する見通しであるという。
 慰安婦像又は慰安婦記念碑の最大の問題点は、嘘を並べたてていることである。碑文には「日本軍に性奴隷にされた数十万人の女性や少女の苦しみの証拠」などの記述がある。
 しかし、この記述は虚偽であり、悪質な創作である。なぜなら、この碑文に書かれているような事実を示す証拠が存在しないからである。証拠も根拠も事実も何もないにもかかわらず、なぜ、そのようなデタラメが書かれているのか?その理由は、冒頭に述べたとおりであり、我が国の国際的評価を低下させ、今後も、交渉材料としようとするためである。
 つまり、国際社会の動きを見ていれば分かるが、自国の立場を優位にもって行き、自国の国民にとって有利な状況を作り出すためには、一国がいくら頑張ってみてもダメである。世界の多数国家の賛成を得ることが非常に重要である。
 例えば、北朝鮮にしても、自国の立場に理解を示す国際社会の国々が多ければ多いほど、強気に出ることができる。反対に、世界のほとんどの国が、北朝鮮を非難する状況に至れば、その立場は苦しくなる。
 では、韓国人はなぜそのような愚かで不合理な行動をとろうとするのか?
 そのカギは、韓国を含めた朝鮮半島の長い歴史を学ぶことによって解明できる。最近、石平氏の「朝鮮半島はなぜいつも地獄が繰り返されるのか」という本を読んだ。いろいろなことが書いてある。その内容については、別の日に紹介するつもりであるが、一番印象に残ったのは、「いつも内ゲバばかりやっている」という箇所であった。
 確かに、歴代大統領をみれば、①李承晩は亡命、②伊潽善は実刑判決、③朴正熙は暗殺、④崔圭夏はクーデタで辞任、⑤全斗煥は死刑判決(後に特赦)、⑥盧泰愚は懲役刑、⑦金泳三は次男が逮捕、⑧金大中は逮捕、⑨廬武鉉は自殺、⑩李明博は実兄が逮捕、⑪朴槿恵は憲法裁判所で罷免、現在、刑事被告人、⑫現在の文在寅という具合である。このように見てみると、まともな大統領は一人もいなかったと言ってよい。このような国は、国際的に見れば、到底先進国には入らない。いまだ開発途上国にすぎない。
 実際に大統領を務めた人間のほとんどが、大統領の在職中あるいは大統領を辞めてから何らかの事件に関与し、または暗殺され、あるいは自殺しているのである。
 話を戻す。現在、韓国国内においては、嘘を並べ立てた慰安婦像が次々と設置されている。このような行為は、2015年12月28日の日韓慰安婦合意によって外交的には決着したはずである。しかし、その当時から、韓国をよく知る知識人の間では、「日本はこれで解決したと信じているようであるが、過去の韓国のやり方からすれば、2、3年後には、そのような合意をした覚えはないと開き直ってくるのではないか」との声が強かった。2、3年を経て、事実はやはりそうなっている。
 我が国の国民性として、国際間の約束事は誠意をもって守るのが当たり前だという感覚がある。しかし、そのような考え方は、対韓国・北朝鮮には全く通用しない。韓国は儒教の伝統があり、儒教の盟主は中国、自分は二番目という考え方がこびりついている。
 したがって、日本に対しては、約束を破り、悪事を働いても良心の咎めなどない。日韓慰安婦合意など、破っても特に問題ないという思考方法である。
 今日、慰安婦像は、韓国内にとどまらす、アメリカやカナダ、オーストラリアにまで拡散しようとしている。まさに、悪性のガン細胞が健康な人体を蝕んでゆく様子に似ている。ガン対策においては、「早期発見、早期治療」が常識となっている。
 であれば、悪性腫瘍にも等しい慰安婦像がこれ以上、拡散しないようにする以外にない。そのためには、韓国や中国が我が国に対して仕掛けている「歴史戦」に勝利する必要がある。その方法にはいろいろなものがあろう。例えば、韓国や中国が世界に垂れ流すフェイクニュースに対し、事実をもってこれを阻止する対外宣伝活動が重要となる。私のかねてからの持論に繋がるが、独立した「対外情報発信庁」を国に設置し、専従で韓国・中国の謀略に対し効果的に対処する必要がある。
 また、今までのような「受け身」一辺倒の方法では、ガン細胞の増殖を抑制することは難しいと考える。
 したがって、我が国の方から積極的に、このまま韓国や中国が反日プロパガンダの行動をエスカレートさせるつもりであれば、我が国としても、韓国・中国への対抗措置を検討することになる旨のメッセージを発する必要がある。
 具体的に言えば、韓国・中国にとって不利益となる政策をとる旨の表明を行うことである。いわば、相手が嫌がる政策を強力に実行することである。図体の大きい中国はともかく、韓国は、「自分よりも強い国には従う」国柄であろうから、今後、無責任な行動を抑える効果が期待できるのではないか。

日時:15:24|この記事のページ

白鵬は即時引退すべきだ

2017年12月01日

 横綱日馬富士が、関取の貴ノ岩を暴行した事件について、昨日(11月31日)、日本相撲協会から発表があった。
 定例理事会には、八角理事長も、また理事である貴乃花親方も揃って出席したという。
 理事会の後に発表を行った高野氏の話によれば、事の発端は、白鵬が貴ノ岩に説教をしていた際、貴ノ岩の態度に立腹して、殴るなどの暴行を加えたということであった。
日馬富士としては、先輩横綱である白鵬に対する態度が礼を失したため、怒ったということのようである。確かに、貴ノ岩はモンゴル人であり、モンゴル人という観点からは、白鵬や日馬富士の後輩に当る。しかし、貴ノ岩は、貴乃花部屋の力士であって、白鵬や日馬富士の部屋の後輩力士ではないし、まして付け人でもない。
 したがって、いくら礼を失した点があったとしても、他の部屋の力士である貴ノ岩に対し説教することも筋違いであるし、ましてや暴力を振るうことは絶対に許されない。
 この一件に対し、現役時代から正真正銘のガチンコ相撲を信念としてきた貴乃花親方が怒ったことは無理もない。せっかく一人前に育てた貴ノ岩に対し、場合によっては、今後の力士生命を奪いかねない暴力を加えたからである。
 ここで、貴乃花親方が相撲協会に届けることをしないで、鳥取県警に対し被害届をしたことを問題視する見方も僅かではあるが存在した。しかし、仮に先に相撲協会に届け出をしていたら、八角理事長をはじめ、大勢は「大ごとにならないよう、うまくやってくれ」という、臭いものには蓋をするという、事なかれ主義の思考の持ち主であることから、結果、事件がうやむやにされ、闇に包まれて終結する危険があった。したがって、貴乃花親方が事件を警察に届けて、事件化したことには合理性がある。
 さて、白鵬について述べる。前回の弁護士日記にも書いたが、白鵬の思い上がりは、いよいよ度をすぎる段階に到達しているといって過言でない。ここで、白鵬の行った「やってはならない行い」について、以下、事実をあげる。
(1) 本場所中に、行司の軍配に対し、ルール違反の物言いを行ったこと。これは、出場停止処分に相当する重大な問題行動である。仮にそのような行いが許されるのであれば、他の力士もルールを破って、勝手に物言いをつけることができるようになってしまい、現場は混乱する。また、行司からも「こんなことではやってはいられない」と不満も出てこよう。
(2) 千秋楽の場所で、インタビューを受けた際に、日馬富士と貴ノ岩を再び土俵に上げて欲しいと述べたこと。当時、日馬富士に対する捜査が行われ、協会の処分も出ていない状況で、よくもこのような発言を行うことができるものである。出過ぎた真似ということである。白鵬が、仮に普通の横綱であれば、あのような「あってはならない発言」は行わなかったであろう。しかし、白鵬は、もともと横綱としての品格ないし識見を欠く男であるから、あのような発言に至ったのであろう。
(3) 事件を受けて、八角理事長が、全力士を集めて講話を行い、今後、行動に注意するように求めた場所で、何と、白鵬は、「貴乃花親方が、巡業部長をしているのであれば、自分を含めて力士は巡業に出ない」と発言したと報道されている。この点を昨日、記者から確認された八角理事長は、その質問には答えないという対応を行い、事実上、白鵬がそのような発言を行ったことを認めた。
 この白鵬の発言は、本場所中であれば、引退勧告か出場停止処分に相当する極めて問題のある暴言である。白鵬は、一力士にすぎない。その力士が、巡業に出ないということは、一般の会社に例えれば、違法な職場放棄又はストライキに相当すると考えられるからである。
(4) これは今場所に限ったことではないが、白鵬の相撲の取り口が、非常に乱暴であることをあげることができる。「かちあげ」といって肘を相手のあごから顔にぶつける戦法を普通に行っている。もちろん、対戦力士の髷を掴むなどの反則技ではないが、従来からの相撲にはそぐわない戦法といいうる。ひじ打ちは、ボクシングでも禁止されている危険な技である。そのような危険な技を多用して勝ち星を稼いでいる白鵬には、強さが全くない。
 しかも、土俵上で勝負がついたにもかかわらず、力を込めて、相手力士を土俵から突き落とすような行為を平気で行う。しかし、これはやってはいけない。土俵から飛ばされた相手方力士が、大けがを負う危険があるからである。
 また、白鵬は、「猫騙し」という詐欺的な戦法も躊躇なく使った。しかし、これは、横綱が下位力士に対して使う手ではない。しかし、現に使っているということは、何としても勝負に勝ちたいという勝利第一主義の表れといえよう。
(4) 優勝回数が40回というが、私は、白鵬が強いと思ったことは一度もない。優勝回数の多さも、ライバルとなる横綱が不在の「一人横綱」の時期に回数を稼いだ結果である。また、モンゴル互助会という集まりを経て、星のやり取りが行われていた可能性もある。つまり八百長が行われていた可能性を100パーセント否定できない。仮に明確に意思を通じていないとしても、本場所の始まる直前にモンゴル力士だけが集まって、談合とも疑われかねない懇親会を行っているのであるから、優勝回数の積重ねに、そのようなモンゴル互助会が寄与している可能性が残る(このことは、運よく横綱となった鶴竜にもいえる。)。したがって、40回という優勝回数は、私としては、数字どおりには受け取れない。
 真剣勝負のガチンコ相撲を理想とする貴乃花親方とすれば、自分が育てた力士である貴ノ岩が、貴乃花親方の嫌うモンゴル力士の懇親会に出ることは、あってはならない出来事であったであろう。まして、貴ノ岩から、「鳥取城北高校相撲部の関係者の集まりに出ます」といわれて、出席許可を出したところ、懇親会の場所に、示し合わせたように、モンゴルの3横綱が来たということから、「しまった。謀られた」という気持ちを感じたに違いない。
 私としては、日本人力士に奮起を促す。多くの日本人力士が、傲慢不遜の白鵬を倒し、その結果、一日でも早く白鵬の口から、引退宣言の言葉が出る場面を見たいものである。その日が早く来ることを心から願っている。

日時:13:14|この記事のページ

カテゴリー

月別バックナンバー

最近のエントリー


ページの先頭へ

Copyright (c) 宮﨑直己法律事務所.All Rights Reserved.