052-211-3639

お問い合わせ電話番号
受付時間:午前10時~午後5時

電話でのお問い合わせ

弁護士日記

弁護士日記

賠償金が500万円増額した

2015年10月30日

山下さん(ただし、仮名です)が当事務所に来られたのは、本年6月の蒸し暑い時期であった。山下さんの話によれば、昨年の夏に交通事故が元で母が外傷性クモ膜下出血、脳挫傷等の傷害を受け、このたび死亡した。加害者側の保険会社から、死亡に伴う賠償金として2100万円の提示があった。もっと、増額ができないか、というご相談内容であった。
私が事情をお聞きすると、山下さんの母は、事故前は、一人暮らしであり、高齢のため何も仕事はしていなかった、とのことであった。一般的に、無職の高齢者の場合、賠償額を増やすことは容易ではない。
しかし、私としては、長年の経験で、何とか賠償金額を上げることは可能であると思った。さっそく、事件を受任した私は、賠償額を上げる材料(証拠)の収集にとりかかった。
また、解決方法は、訴訟ではなく、日弁連交通事故相談センターに対する示談斡旋が適していると考えた。山下さんもこれに同意され、さっそく、私は、申立書を起案し、本年8月上旬には申立を行った。
その結果、本年9月下旬に、愛知県弁護士会館の中で、示談斡旋が始まった。示談斡旋担当弁護士は、もちろん愛知県弁護士会の弁護士である。担当弁護士は2人で、ベテラン弁護士と若手弁護士の二人が斡旋業務に当たる。
今回は、ベテラン弁護士の方は、私の顔見知りの弁護士であり、また、その弁護士は誠実な人柄の弁護士であったため、私としても安心して山下さん側の主張を述べた。
通常、ベテラン弁護士というと、何事もよく知っていると思いがちであるが、それは少々違う。一口にベテラン弁護士といっても、よく勉強をしているタイプと、ろくに勉強もせずに昔の古い知識と経験で仕事をこなす弁護士がいる。仮に、後者のタイプの弁護士が担当になったら、大変なことになる。おかしな斡旋案を出してくるのであるから、申立人としては困るのである。
幸いにも、今回は前者の弁護士であった。そして、斡旋案として、2602万円の提示があった。斡旋案は、当日、双方に提示され、本年10月下旬に開催された期日において、山下さんも相手方損保会社の担当者も、「受諾します」という意思を表明し、円満に示談が成立したのであった。これによって、相談時から僅か4か月後には、示談金が502万円も増えたのである(増額率は23パーセント)。
ここでのポイントは、相手方損保会社の担当者の姿勢であった。この方は、おそらく「斡旋案を拒否して訴訟に至っても良いことは何もない」と判断されたのであろう。実に賢明な判断であり、その適切な判断によって、双方が無用の経済的・精神的損失を被ることが回避されたのであった。

日時:16:10|この記事のページ

農地法セミナーin東京を終えて

2015年10月16日

 本年10月8日・9日と、恒例の農地法セミナーの講師を東京で行った。今回の参加者は、全部で38名であった。関東・東北を中心に市町村の農業委員会の職員の方々が参加された。4~5年前と比較すると、参加される職員のうち熱心な方の割合が年々高まってきているように感じる。熱心に受講されているか否かは、講師の方から見れば一目瞭然である。熱心に受講している方は、大半が、ノートをとっている。他方、熱心でない方は、ほとんど例外なくノートをとらない。
 セミナーの初日が終わってから、昔からの友人である弁護士と会食をした。その友人の話によると、東京でも弁護士が増えて競争が大変である、ということだった。かつて弁護士の増員を声高に主張した人々は、現状をどう考えているのであろうか?弁護士の資格者を短期間に極端に増やした場合、供給過多となって大変なことになることは、経済学の初歩的知識があれば、容易に分かることであった。
 さて、私は、2日間に及ぶセミナーの講師のお役目を終えて、9日は、栃木県の宇都宮に移動した。30年ぶりに日光東照宮を見るためである。10月10日、私は30年ぶりに日光東照宮を見た。以前も観光客が多かったが、今は桁違いの状態である。陽明門を見ようと期待して境内に入ったが、たまたま修理中であり、陽明門を自分の眼で見ることはできなかった。
 東照宮の有名な建物に入ろうとすると、昔は、自由に参拝できたが、今は、通勤ラッシュ並みの混雑であり、なかなか前に進めない。東照宮の方も、係員が、集団状態となった観光客を適宜さばいて説明を行っている。その観光客に対する説明が終わると、次の観光客のかたまりが、また係員の説明を受けるという方法である。
 あたかも工場に設置されたオートメーションの機械が、ベルトコンベアー上で、次々と商品を生産してゆく様に近い。したがって、われわれは、入口で拝観料を払った上でラインの上を運ばれ、出口に至るという「商品」という位置付けとなる。まさに商業主義の極致とも言うべき状態であった。したがって、深い感銘を覚える余裕はなかった。こうなると、なまじ世界遺産などに登録されないほうが良かったとも言い得る。皆さんはどうお考えであろうか。
                                  

日時:16:13|この記事のページ

カテゴリー

月別バックナンバー

最近のエントリー


ページの先頭へ

Copyright (c) 宮﨑直己法律事務所.All Rights Reserved.