

高市総理の解散方針を受けて、立民と公明党は、急遽、「中道」勢力の結成に走っている。2026年1月16日の午後の時点では新しい党名は「中道改革連合」に決まったそうである。ただ、中道が何を意味するのかは必ずしも明確ではない。有体に言えば、右にも左にも偏らないことを重視する考え方とでも言うことができよう。
しかし、党名の問題など大した事柄ではない。重要な問題は、総選挙に突入する前に、両党は、それぞれ長い期間にわたって掲げてきた自分の政党の政策や基本理念をそれぞれ合わせて、矛盾なく統合する必要があるということである。統合ができないまま、つまり、矛盾を胡麻化したまま選挙に臨むことは無理である。しかし、立民の野田代表も公明党の斎藤代表も、その点は「何とかなるはず」と踏んでいるように見える。これは極めて安易な姿勢である。私見によれば、選挙戦を通じ、そのゴマカシが露わになり、結果、多くの有権者の不信を買い、両党を安易にまとめた新党(実体は、選挙互助会である)は惨敗に終わると予想できる(近い将来、中道改革連合なるものは消滅することになろう)。
ここで、テレビに頻繁に顔を出している某著名政治評論家の意見がある。氏によれば、これまで小選挙区で公明党の支持(票)を受けてきた自民党の候補者は、もはや公明党支持者から票を貰うことができず、それどころか、従前の公明党支持者の票が新党を掲げた元立民の候補者に流れることから、自民党の候補者は非常に厳しい闘いを迫られる可能性があると言う。形式的な理屈からは、そのような結果となる可能性がある。
しかし、物は考えようである。大体、憲法改正を党是に掲げる自民党の候補者が、改憲に消極的な公明党の支持者の票をあてにするという構造自体が間違っている。あたかも警察官が、秘かに反社の人物から有形・無形の援助を受けて難事件の検挙に成功するようなものであり、そのような間違ったことは絶対にしてはいけない。なぜなら、いわゆる「腐れ縁」が出来てしまい、警察組織が正常に機能しなくなる危険が大きいからである。
したがって、今回、自民党の候補者が旧公明党の支持者の票をあてにすることができなくなったことは、見方を変えれば、一つの大きな政治改革(意識改革)が達成されたということになる。結果としては良かったということである。公明党支持者の票がなければ当選できないような虚弱体質を持った自民党の国会議員(正確に言えば、一般国民の知的レベルを確実に下回っている国会議員。あるいは、外国の利益を擁護しようとしている疑いのある国会議員)は、どしどし落選すればよい。他党支持者に「借り」を作っている国会議員は、「借り」があるため正論を押し通すことができなくなる。他党である公明党支持者の票がなくても自力で当選できる候補者だけが、真の自民党国会議員と言えるのである。
ここで、そのような正論を押し通したら、選挙で負けることを覚悟しなくてはならず、「絶対嫌だ」という国会議員がいるかもしれない。しかし、これは自分本位の間違った考え方である。第一、選挙に落ちるのであれば落ちればよいのである。選挙に落ちるということは、多くの有権者の支持を集めることができなかったからである。
要するに、有権者の目から見て「不適格者」(使い物にならない平凡な候補者または陣笠議員)との烙印を押されたということであるから、それで納得するほかない。後は、再起を期して数年間の浪人生活を決めるか、あるいは別の職業に就いて余生を全うすれば済むのである。死刑が宣告されたということではないのである。要するに、国会議員の席は、国会議員業をやろうとする者に飯を食わせるために用意されたものではない。
なお、本日付けの産経新聞(10面)は、古森義久氏が記事を載せており参考になる。詳しい内容は、直接記事に当たって欲しい。中国という国が如何に危険な国であるかが、よく分かる。高市首相の答弁をきっかけに独裁中国という国の悪魔性が露わになったのである。古森氏は、「日本に対する敵性の具体例を列記しよう」と切り出す。古森氏は、次のように列記する。第1に、日本が帰属する国際秩序の否定である。第2に、日本の国家安全保障政策の全否定である。第3に、日本の固有領土である尖閣諸島を奪取しようとしていることである。第4に、中国は共産党の独裁支配を保持し、日本側の政治体制や価値観を否定することである。中国には、日本の国会議員のようなものは存在せず、政権批判や競合政党の活動は犯罪行為として扱われる。第5に、「抗日」の名の下で実施されている構造的な反日政策である。
このように、古森氏は実に的確な指摘を行い、最後に「中国共産党のこうした特徴は日本への敵性と呼ぶほかない。高市首相は期せずして中国のその真実を明るみに出したわけだ」と結ぶ。
この観点に立った場合、親中派・媚中派の国会議員から構成される公明党が、果たして「中道政党」と呼ぶに相応しいか、多大の疑問がある。むしろ戦後アメリカ軍(GHQ)の「検閲」の下で作成された間違った憲法体制に、いつまでも執着しようとする左派宗教政党と呼ぶのが自然ではなかろうか。
どういうことかと言えば、これまでも指摘しているとおり、核弾道ミサイルを何百発も配備し、主に日本を標的としている独裁中国という敵対国が隣国に存在する以上、普通の平均的知能の持主であれば、独裁中国の暴発があり得ることを想定し、その暴発を未然に阻止するため自国の軍事力(防衛力)整備を迅速に進める必要があることに気付く。そして、高市総理はその正当な目的に沿うように行動を開始している。この姿勢は、国際的に見ても「普通の国」の姿勢であり(右派でも左派でもない、まさに民主主義を基礎とする中道政治である)、全く問題ない。
にもかかわらず、公明党は、「高市政権の右傾化」というような理解不能の偏った発言を繰り返し、一方で、「日中友好」「平和国家」「平和憲法」と唱えるだけである。これほど無為無策の政党はないと言っても過言でない。なお、立民については何をとってもそれ以下のレベルであり、わざわざコメントするまでもない。
このような無責任政党同士が、選挙のための互助会(中道改革連合)を急に立ち上げても、日本国民にとっては何の利益もない。互助会が来る総選挙で敗北を喫すること(改選前の議席合算数を下回ること)は自明のことである。
(追記)
1月17日土曜日の夕方に放送された東京の某局の「報道番組」は、高市総理の解散権行使の意向について異議を唱えていたが、そのような不毛な愚痴など聞きたくもない。衆議院はいつ解散があってもおかしくないからである。

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