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弁護士日記

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大村知事は、早く辞職した方がよい

2020年06月03日

 本日付けの産経新聞および岐阜新聞の報道によれば、美容外科である「高須クリニック」の高須克弥院長が、愛知県の大村秀章知事の解職請求(リコール)運動を始める意向であることが分かった。その理由として、2019年に開催された「あいちトリエンナーレ2019」の企画展「表現の不自由展・その後」において、昭和天皇の肖像を燃やす映像作品を展示したことをあげた。
 また、名古屋市の河村市長も、あいちトリエンナーレの実行委員会の会長である大村知事が、展示内容の問題性を理由に開催負担金の支出を拒んだ名古屋市を訴えたことも、今回のリコール請求を正当化する根拠の一つとしてあげた。そして、河村市長は、「名古屋市民や日本国民の税金や名誉を守るために応援する」と述べたという。
 私もこのような動きには全面的に賛成する。愛知県の大村知事には、一日でも早く知事の職を辞してもらいたいと感じる。理由は、以下のとおりである。
(1) あいちトリエンナーレ2019において、開催を主催した実行委員会の会長は、大村知事である。したがって、開催内容については、その適否を含め、会長である大村知事は、責任をとる立場にある。ただし、ここでいう「責任」とは、大村氏が民事上の損害賠償責任を負わされるという法的な責任ではなく、行政的あるいは政治的責任である。仮に大村氏が、具体的展示内容について、全くその詳細を聞かされていなかったとしても、行政的・政治的責任は免れない。なぜなら、監督が不十分であったということになるためである。組織のトップとしての責任を否定することはできないのである。
(2) ここが一番重要な点であるが、展示内容の妥当性の有無である。実行委員会という公的な団体が主催するのであるから、展示内容は、それに相応しいものでなければならない。税金を投入するということは、とりもなおさず、税金を負担する地域住民の大半が納得するものである必要がある。具体的にいえば、100人中の70人以上が「反対ではない」という内容である必要がある(ここでは70人という数字を示したが、民意の過半数という要素を重視した場合、51人以上ということになろう。)。
(3) そこで、果たしてあいちトリエンナーレ2019の展示内容が、公金を使って開催するに相応しいものであったかといえば、重大な疑問がある。
 なぜなら、上記のとおり、憲法上は日本国の象徴とされている昭和天皇の肖像を燃やす、つまり亡きものにしようとする悪意を万人が感じることのできる作品は、到底、公金を使って展示するに相応しいものとは言い難いからである。
 また、韓国人の作家が作ったと言われる「少女像」は、一般的知識をそなえた日本人から見れば、日本国を侮辱する意図を持つものであることが明白である。つまり、この醜悪な少女像は、韓国が歴史上の事実を捻じ曲げた上、勝手に想像(妄想)を膨らませ、日本国を不当に攻撃するための道具として韓国で活用されている、とんでもない代物ということである。韓国が日本を非難し、イチャモンを付けるための重要な小道具という機能を担っているのである。したがって、当時、このような展示内容を知った多くの名古屋市民または愛知県民から、愛知県庁当局に対し、猛烈な抗議が来たことも当然と言える。
(4) この時点で、仮に大村知事が、「展示内容について至らない点があったことをお詫びします」と発表しておれば、ここまで大きな問題には発展していなかった。ところが、大村知事は、何を心得違いしているのかは知らないが、「表現の自由を守る必要がある。検閲はいけない」などという理解不可能なコメントを記者会見で述べた。これによって、大村知事の正体が明るみになってしまった。お世辞にも教養があるなどとはいえない人物であることが露見してしまった。到底、地方公共団体のトップを務める器ではないことが露呈した。私は、今期限りで知事を辞めてもらいたいと思った。
 検閲とは、行政機関が、表現の発表前に、その内容を点検し、行政機関の意向に沿うものは発表可、沿わないもの発表禁止とすることを指す。しかし、今回の場合は、厳密に考えた場合は検閲の問題ではない。
 展示内容自体が、果たして地方公共団体が、多額の公金を費やしてまで、あえて展示するに相応しいか否かという視点から論じるべきだからである。
 換言すると、昭和天皇の肖像を燃やす作品といい、醜悪な少女像といい、その正体は、いずれも日本国に対する強烈なヘイト作品にすぎない。日本人または日本国に対する偏狭で極端な憎悪心から出た道具というべきであり、このような物は、いくら、反日左翼マスメディアが「表現の自由を守れ」と声高に報道したとしても、展示物として認める余地はない。ちょうど、ナチスドイツを象徴する「ハーケンクロイツ」(カギ十字)のようなものである。公共の場に公然と展示すること自体が、そもそも許されないのである。
 これは、公序良俗に反する「禁制品」というほかなく、事が露見した時点で、即時、展示を中止し、上記のとおり、本来であれば大村知事は、素直に愛知県民に謝罪すべきであった。
 当時、一部に「芸術作品であるから展示させろ」という声があったが、問題となった作品が芸術であるか否かは、全く関係がない。悪意に満ちた作品を作った者が、公的資金を使って、さらに公的な施設を利用して、自らの政治的主張を公開させろと要求する権利など最初からないのである。
 仮にそこまでしても公開したいのであれば、この手の偏向した反日運動に賛意を表する新聞社の会議室にでも展示させてもらえば済むことである。この場合は、新聞社も特に反対する理由がないから、堂々と公開できることになる。よって、検閲がかかっているということは言えなくなる。
(5) その後、事態は沈静化せず、大村知事は、最近になって、負担金の支出を拒んだ名古屋市を提訴するという前代未聞の愚行を犯した。本来であれば、名古屋市役所と愛知県庁はお互いに協力して、地方行政を推進するべき立場にあるが、大村知事の間違った決断は、両者に修復しがたい亀裂を残す結果を招いた。
 このような「開き直り」といわれても仕方がない大村知事の姿勢は、最近の武漢ウイルスへの対応を巡っても疑問点が多く目に付く。大村知事の発言からは、何かと評判の良い大阪府の吉村知事のことが気に入らないように思える。
 この人物には、諸般の事情を考慮して冷静に決断を下すという姿勢が全く感じられない。戦国時代の武将に例えれば、猪突猛進型の「イノシシ武者」という表現が当たるのではなかろうか。このような武将が、雄藩の一つである尾張藩(愛知県)の殿様では、尾張藩は衰退する以外にない。
 癖の強い大村知事をトップに戴く愛知県職員の日々のご苦労は、察するに余りある。大村知事よ、早く愛知県知事を辞めるべきである。
なお、上記のとおり、実行委員会は、名古屋市が、あいちトリエンナーレの(開催)負担金を支払わなかったことを問題視し、負担金の支払いを求めて、裁判所に民事訴訟を提起したと聞く。
 この裁判の勝敗の分岐点は、名古屋市が負担金の支払いを拒絶したことに正当な理由があるか否かであろう。担当裁判官が「正当な理由がある」と判断すれば、被告名古屋市の勝ちであり、逆に、「正当な理由はない」と認めれば、原告実行委員会つまり大村知事の勝利となる。まともな常識をそなえた裁判官であれば、前者を選択するはずである。
 いずれにしても、原告・被告双方にとっては、絶対に負けられない訴訟である。仮に大村知事が負けた場合、猛烈な批判にされされ、将来の知事選において愛知県知事に当選することは極めて困難な状況を迎えよう。今後かなりの確率で、担当裁判官の方から、双方に対し、和解の勧告があるものと予想する。

日時:23:05|この記事のページ

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