本日付けの岐阜新聞の記事の中で、気になったものを取り上げる。
1番目は、戸籍についてである。岐阜県の南部には富加町という町がある。交通の便が必ずしも良いとはいえず、また、有名な観光地があるわけでもないため、外部からこの地を訪れる人は多くはないようである。個人的には、以前、法律相談の担当者として訪れたことがあり、そのときは、富加駅で降りて、相談会場の町役場まで徒歩で往復した覚えがある。
さて、記事の内容とは、701年に大宝律令が制定され、702年には、半布里戸籍(はにゅうり こせき)なるものが作成されたが、その原本は奈良の正倉院に保管されている。町の郷土資料館にはその部分複製が展示されているという。記事によれば、和紙の上に、縦3段、縦書きで、規則正しく1戸(平均20人程度)ごとの構成員について細かい情報が書かれている。半布里戸籍の写真から受けた印象は、飛鳥時代において、よくこれだけ細かい情報を整然と記録したものだという驚きである。現在の日本においても詳細な戸籍が作成されているが、やはりこれまでの日本の歴史の積み重ねがなせるわざというべきか。一朝一夕では構築することができない優れたシステムであり、今後も日本の戸籍制度(家族制度)を大切にする必要があると感じた。
2番目は、自民党の参議院議員渡辺猛之氏が、来年の岐阜県知事選挙に立候補することを断念したという記事である。記事によれば、断念の理由として、最近実施された衆議院議員選挙で自民党が負けたということがあげられている。渡辺氏が立候補するかしないかは氏の自由である。
おかしいのは、以前も触れたが、つい最近、県内40市町村の首長が渡辺氏に対し知事選での推薦状を出していたことである。地方公共団体の首長としては、このような行為は本来は慎むべきであった。
また、記事によれば、石田仁大垣市長は「想定外だったが、判断を尊重する」とのコメントを出したという。この御仁、世の中の動きを正確に見る眼が相当曇っているようである。衆議院議員選挙で自民党が負けたことから、渡辺氏の立候補しないという選択は十分にあり得た(そのようなことは十分予想できる)。1年ほど前に、大垣市が発行している大垣市を紹介するパンフレットを入手したことがあるが、そこには俳人松尾芭蕉の姿を模した石田市長の写真が載っていた。これは公私混同に当たる疑いを拭えず、問題がある。この御仁、何を考えているのかは知らないが、次期大垣市長選で、仮に有力対立候補が立った場合、やや思慮不足の感がある石田氏の命運は、その時点で尽きる可能性がある。
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