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弁護士日記

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蛭子能収著「蛭子の論語」を読んで

2016年02月19日

 以前、蛭子能収(えびす よしかず)さんの「ひとりぼっちを笑うな」(角川新書)を読んだことがあり、著者である蛭子氏の考え方に大いに共感を覚えたことがあった。
 今回、蛭子氏が、同じような内容の本を角川新書から出したのを書店で見て、上記の本「蛭子の論語」を購入した。基本的な内容は、以前の「ひとりぼっちを笑うな」に近い。ただ、今回の本は、中国の有名な古典である「論語」を一つの材料として使ってある。
 その試みは面白いが、しかし、必ずしも成功しているとは思えなかった。なぜなら、論語の意味を蛭子氏自身が解釈して、その解釈が本に記載されているのであるが、所詮、素人の自己流解釈の域を出ておらず、ほとんど参考にならないためである(むしろ、余計なスペースを割いてしまったという印象が残る。)。したがって、今回の企画は、以前の本と比較すると、余り売れないのではないか、と予想する。
 そのようなことはともかく、今回の本を読んでみると、蛭子氏のユニークな考え方が書かれており、自分としては、その内容に、ほとんど同意できるのである。蛭子氏は、競艇が趣味とのことである。月に数回、平和島の競艇場に足を運ぶらしいが、あくまで楽しむために通っているのであって、お金を儲けるために行っているのではないということだ(81頁)。まさに、理想的な姿勢である。
 蛭子氏が一番大切にしていることは、自由である(154頁)。この点は、蛭子氏でなくとも、大半の人がそのように考えているのではないだろうか?蛭子氏のいう「自由」とは、心身ともに何人にも束縛されないということである。人に気兼ねすることなく自分のやりたいことをやるという意味である。
 ここで、自由であるためには、お金が必要となる。日々の生活を送る上で安心感を得るためには、お金が要るということである。蛭子氏は、命と自由の次に大事なものは、お金であると言い切る(231頁)。その点は、私としても完全に同意できるし、世間の大半の人もそのように考えているのではないだろうか。
 弁護士業を長年にわたって続けている私にしても、弁護士業が面白いから継続しているのではなく、主に、自由を保つことができ、また、生活できるだけの収入を得ることができたためである。
 弁護士の中には、「弁護士は自分にとって天職だ」と言う人もいる。大変に尊敬できる考え方であるし、そのように公言できることは羨ましいくらいである。しかし、私にとっては、弁護士業は、若き時代において、選択の対象となった多くの職業のうちの一つに過ぎないのである。
 仮に、私が、現在20歳代だったとしたら、おそらく弁護士業は、選択の対象には入っていないのではないか。ここ10年ほどの間に、弁護士の数がバブル的に増大したため、供給過剰となって、お金(収入)の面から見た場合、仕事としての魅力が極端に色あせたためである。かといって、弁護士と並ぶ自由業である医師はどうかと言えば、やはり選択の余地はない。正直なところ、私は、日々、病人の体を診る作業が基本的に好きになれないのである。
 話が逸れたが、蛭子氏は、非常に重要なことを本書で述べている。この点は、前の本にも強調されていたことであるが、他人に迷惑を掛けないということである(155頁)。自分の自由を尊重するのであれば、他人の自由も同じく尊重する必要があるということである。孔子流に言えば、40歳にもなって他人に迷惑を掛けて、憎まれるような人は、もうおしまいだ、ということである(242頁)。
 ところが、世間にはこのような非常識な輩が多くいる。弁護士の仕事の一理念として、「社会正義の実現」という言葉があるが、そのような厚顔無恥な輩の法的責任を追及し、あるべき姿を取り戻すことも弁護士の重要な役割ということができる。

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