普通の国民が、裁判所で訴訟当事者となる可能性は、一生のうちせいぜい1回か2回止まりではないだろうか。それどころか、自分が訴訟に巻き込まれることなど考えられないと思っている人も少なくないであろう。しかし、例外がある。それは「交通事故」である。日常生活において車を一切使用しないという人は現実にはほとんどいないであろう。仮にいたとしても、その人が歩行中やタクシーに乗車中に交通事故に巻き込まれて被害者の立場に置かれる可能性は残る。
人身事故の被害者になった場合、第1の関心事は、加害者が任意保険(自動車保険)に入っていたか否かである。加害者が自動車保険(対人賠償保険)に入っていれば、ほとんどの場合、その保険で損害賠償金を支払ってもらうことによって、被害者は一定の保障を得ることができる。その際、大半の被害者は、損保会社の担当者と自分で示談交渉をして事件を解決している。事故を起こした加害者は、保険の中で示談代行という仕組みがあるため、原則的に自分で直接被害者と顔を合わせることもなければ、煩わしい示談交渉をすることもない。事故を起こした張本人でありながら、実際には損保会社の担当者が自分に代わって全部やってくれるため、当事者意識は希薄である。
場合によっては、示談交渉がこじれて訴訟になることもある。その場合、被害者は、自分で適当な弁護士を探してその弁護士に訴訟手続きをしてもらうことになる。その場合、弁護士は、まず事故被害者から詳しく事情を聴く。事故態様から始まって、被害者の入通院状況、被害者に後遺障害が残っているか否かの確認、またこれがあれば障害等級が何級に該当するかの検討、被害者の事故当時の職業、現在の生活状況など裁判に必要と思われるあらゆる情報を収集する。そして、訴訟の準備にとりかかり、準備が完了次第、提訴に至る。事件によって準備期間は異なるが、私の場合は、最短で3か月程度、調査に手間暇がかかると6か月程度を要することもある。
他方、事故加害者は、損保会社が指定した弁護士をそのまま代理人として選任するのが普通である。損保会社の代理人弁護士は、事故加害者から直接事情を聴くことはほとんどない。主に当該事故を担当した損保会社の人間から事件の内容を聴き取り、また訴訟関係資料を受け取る。したがって、事故加害者は、ほとんど出る幕はなく、やはり当事者意識は希薄と見て間違いない。弁護士費用は負担しないし、また、判決が出ても、現実に損害賠償金を支払うのは損保会社であるから、当然のことながら、訴訟の行方には余り関心がない。こういう状況下で交通事故裁判が進行するわけであるが、実際には法廷内外でどのようなことが行われるのか。次回以降、詳しく述べたい。
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