逸失利益については、前回の弁護士日記でも触れた。前回に引き続き今回も逸失利益について述べてみたい。逸失利益については、大きく二つの論点がある。第1の論点は、労働能力喪失率の問題であり、この点は、前回に述べた。
もう一つの論点は、基礎収入の認定という問題である。つまり、逸失利益を計算するには、労働能力喪失率、労働能力喪失期間及び基礎年収の3点が確定する必要がある。
例えば、ある人が事故による後遺障害のために20パーセントの労働能力を失ったとする。そして、怪我の治療が終わって症状が固定した時の年齢が47歳だったとする。そうすると47歳から67歳までの期間は20年間となる(就労可能年齢は、実務上、原則として67歳までとされている。)。20年間のライプニッツ係数は12.462である。この場合の逸失利益の計算は、[基礎年収×0.2×12.462]で算定できる。
そうすると、同じ程度の後遺障害を負い、年齢も同じ条件の被害者の場合、基礎年収の数値次第で逸失利益も大きく変動することになる。基礎年収をいくらと見るかについては、例えばサラリーマンのような場合は、源泉徴収票に記載された年収を基準として計算すればよいから、余り問題にならない。
問題になるのは、自営業者の場合である。自営業者のうち、税務署に対し毎年確定申告をしている人の場合は、原則としてその確定申告の所得を基準にすればよい。ここでいう「所得」は、売上から必要経費を控除することで出てくる。しかし、確定申告をしていても、常識的に考えて、その所得では到底生活できないような所得額の場合はどう考えるべきか。
この場合は、いわゆる過少申告が行われたということであるから、実際にあった所得を証明できれば、裁判所もその所得を基準に逸失利益を算定してくれるのが通常の取扱いである。ただし、証明する証拠が十分にそろわないような場合は、賃金センサスの年収額を基準にして適宜の所得が認定されることが多い。
例えば、大阪地裁の平成18年2月7日判決は、被害者の妻が経営していたバイク店で働いていた40歳の男性(夫)被害者について、給与額を証明する証拠がなかったにもかかわらず、賃金センサスをひとつの目安として509万円の年収があったものと認定した。
同じく、大阪地裁の平成18年2月10日判決は、170万円の所得があったと確定申告していた男性被害者(事故当時71歳)について、その金額では家族4人が生活していくことは困難であるなどという理由から、実際は385万円の年収があったものと認めた。
さらに、大阪地裁の平成18年6月16日判決は、275万円の所得があったと確定申告していた画家(症状固定時61歳)について、売上は年間600万円あったと認定した上で、その6割にあたる510万円の所得を認定した。
このように考えることができるのであるが、これには反対論もある。損保会社の方から、税務申告の際には実際の金額よりも過少申告をしておきながら、ある日突然、自分が交通事故被害者になって、その後に裁判を起こした段階で、実際の所得はもっと多かったと主張することは信義則に反することであって、おかしいという反論が出ることがある。
しかし、確定申告は、あくまで自営業者と国との間の問題であり、被害者が加害者を裁判で訴えることとは無関係である。仮に実際に自営業者に過少申告の事実があったとしても、交通事故以前に、過少申告をしたことで被害者は加害者に何らの迷惑も及ぼしていないのである。したがって、加害者から、信義則違反を言われる根拠はない。結局のところ、損保会社の非難は、的外れの意見と考えるほかない。
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