今年の7月に名古屋地裁から、ある交通事故裁判の判決をもらった。この裁判の原告は、公務員の方である。西川さん(ただし、仮名)は、平成18年当時、ある地方都市に所在する、ある役所に勤務していた。西川さんは、仕事が終わってから、自転車に乗って交差点の横断歩道を青信号で横断中、交差点を左折してきた車に衝突されて転倒、負傷したのであった。怪我の程度は、腰椎を骨折するという重傷だった。
西川さんをはねた車にはもちろん任意保険が掛けられており、某損保会社の担当者が西川さんとの示談交渉に当たった。その後、西川さんの怪我もようやく症状固定したので、平成20年9月になってから、損保会社の担当者より賠償額の提示があった。その金額は、600万円を少々上回っただけの低額であった。
西川さんは、損保会社からの金額提示に疑問を持ち、市役所の交通事故相談所や弁護士会の交通事故相談所で無料法律相談を受けた。その結果、600万円では低額すぎるという回答をもらった。そして、西川さんは、その年の11月になって、当事務所にご相談を持ちかけられたのである。
私は、事実関係を検討したが、やはり金額的にみて極めて低額な不当なものであることが分かった。西川さんの意向を確認したところ、すぐに裁判を起こして欲しいということであった。そこで、私も裁判に向けて至急準備を開始したのであった。
裁判は、平成21年の春に始まった。請求額は、当初約3000万円であった(その後、裁判の途中で200万円分請求を増額している。)。
裁判の主たる争点は、自転車に乗って横断歩道を渡っていた西川さんの過失の有無および逸失利益の有無であった。まず、被害者である西川さんの過失の有無については、原告はゼロを主張した。これに対し、加害者である被告は、西川さんには25パーセントの過失があると主張した。次に、逸失利益について、被告は、西川さんには交通事故後に収入の減少がないという理由で、これを否定した。
しかし、そのような被告の主張(答弁)は、まったく不当なものであった。第1に、原告は自転車に乗って青信号表示に従って交差点を横断中に被告の運転する車にひかれたのである。自転車が青信号表示に従って交差点の横断歩道を走行するという光景は、日頃ありふれた光景であって、ごく当たり前の普通の状況である。
自転車に乗って、ごく普通の当たり前の通行方法をとっている最中に事故にあった場合、過失があるとは、とても考えられない。判決も、原告である西川さんには過失がないと判断した。
このように、交通事故裁判においては、加害者つまり損保会社は、きわめておかしな主張をしてくることがしばしばあり、日常茶飯事となっている。おそらく「駄目で元々」の精神から、おかしな意見を述べるのであろう(ただし、加害者の代理人として、どのような弁護士が付くかによって、程度に違いはもちろんある。おおむね、経験年数を重ねた代理人であればあるほど、被害者側からみると、おかしな意見を述べる確率が高まるという印象を個人的には持っている。)。こういう場合、原告側としては、過去の判例や当該事件にかかわる証拠を示した上で、いかに被告の主張が間違っているかを裁判官に説明する必要がある。
第2に、逸失利益の有無については、原告は、自賠責保険の後遺障害等級が11級7号であったことを理由に、20パーセントの労働能力喪失を主張した。これに対し、上記のとおり、被告は、原告には労働能力喪失は認められないという不当な意見を述べた。しかし、交通事故を原因として原告には腰椎骨折が生じているのである。その点を無視して、ただ単に現在は減収がないという理由で、逸失利益を否定しようとした被告の主張は、常識に照らしても的外れなものであった。裁判所も原告の逸失利益を認めたが、労働能力喪失率は67歳まで14パーセントとした。
判決が出てからしばらくして、加害者の代理人弁護士から、「被告としては控訴しません。損害賠償金の計算書をお送りしますので、金額をご確認ください。」という連絡が入った。計算書をみると、2830万円余りの金額が記載されていた。損保が、最初に示談金として提示した600万円と比較すると、実にその約4.5倍の損害賠償金額となった。
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