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弁護士日記

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量刑が軽すぎる

2019年10月17日

 世間の注目を浴びた東京目黒区の保護責任者遺棄致死罪の判決が出た。懲役13年であった。
 この結果を聞いた際、いかにも刑が軽すぎると感じた。検察側の求刑は懲役18年であったが。この求刑よりも5年間も割り引いたのである。これには全く賛成できない。
 本日の産経新聞の社説にも関連した意見が掲載されていた。それによれば、裁判員を務めた人から、3人の裁判官と6人の裁判員との評議の場で、裁判官から量刑傾向を伝えられ、裁判員の個人的な思いと、量刑傾向との間にギャップがあったとの感想が載せられていた。
 おそらく、担当裁判官の方から、「裁判員の皆さん、過去の判例から得られたデータによれば、〇〇年が平均的な量刑です」などという発言があり、裁判員の認識に変化が生じたということであろう。一種の圧力である。
 どうして、このようなおかしな運用が行われているのであろうか?
 その元凶は最高裁である。最高裁は、上記の社説でも紹介されているとおり、「同種事案の量刑傾向を考慮することの重要性は裁判員裁判でも変わらない」と述べたと伝えられている。
 要するに、過去の膨大な判例に照らして量刑を考慮する必要があり、その掟に背いた判決は、躊躇なく破棄されるということである。
 国民の声が反映されることを期待して制度が設計されている裁判員裁判であっても、これまでの刑事事件の判例傾向に、明らかに違反する判決は、最高裁の計15人の裁判官において決して許さない、ということを宣言しているということである。しかし、こんなバカげたことはない。
 確かに、法律の素人にみで判決内容を決めることができることになったら、社会に混乱を招く危険がある。しかし、現行法では、計9人の構成員からなる裁判員裁判においても、うち3人は刑事事件の専門家である。
 また、一般的に司法に対する敬意の念が高い日本においては、3人の裁判官がそろって「それはダメです」という意見を付するような結論に至る可能性は、ほぼ100パーセントない。
 そう考えると、3人の裁判官が「過去の量刑傾向には反しますが、そのような結論もあり得ます」という内容の判決であれば、出そうと思えば出せるはずである。しかし、現実にそうなっていないのは、前記のとおり、最高裁の頑迷な裁判官が、因習といっても過言ではない間違った考え方に固執しているためである。
 下級審の裁判官が、実情を汲んで、かつ、裁判員の意見も最大限尊重した内容の判決を出しても、最高裁がこれを破棄してしまうために、下級審の裁判官としては、「最終結果が変わらないのであれば、ここで頑張っても空しい。また、目立つ判決を出して最高裁に睨まれることになり、出世の妨げになるのも嫌だ。地方勤務で裁判官人生を終えるのは忍び難い。しかたがない、今回は無難な判決を出しておこう」ということではないのか。
 時代は日々変遷している。国民の意識も変化している。従来の良き日本人の有する倫理規範を揺るがす社会変化も起きている。そういう時代の変化を直視する限り、社会防衛の最後の砦とも言い得る刑事裁判の判決は、より厳しいものとなってゆかざるを得ない。
 単なる過去の事実にすぎない「量刑相場」について、何か目に見えぬ法的拘束力を肯定するがごとき誤った考え方にとらわれていることは、時代遅れの誹りを免れない。
 今回の事件に即して言えば、少なくとも懲役18年~20年をもって相当と考える。
 いずれにせよ、将来の憲法改正に当たって、憲法79条2項を改正して、衆議院議員選挙のたびに頻繁に最高裁の裁判官を国民審査に付するように手直しする必要がある。独善的考え方に染まった、問題ある裁判官には、なるべく早期に辞めてもらう必要がある。

日時:16:59|この記事のページ

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