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弁護士日記

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選挙妨害行為に対する規制を強化せよ

2024年05月16日

 本年4月に行われた衆議院東京15区の補欠選挙をめぐり、一部の心得違いをした者による他党候補者の街頭演説妨害行為について警視庁捜査2課は、本年5月13日、選挙妨害を行った政治団体に対する家宅捜索を行った。警察が家宅捜索を行った目的は明かにされていないが、上記政治団体の代表者または候補者に対し、公職選挙法違反(自由妨害罪)よる立件を視野に入れたものであると思われる。警察は本気であると睨んだ。テレビ報道による映像を見る限り、極めて悪質な妨害行為であり、違法なものであることは言うまでもない。実行者の行為は、世間の常識を逸脱した醜悪な行為に当たる。と同時に、違法行為である。このような違法な行為を今後繰り返させないためにも、警察には、この際、徹底した捜査を求めたい。
 ところで、今回の事件に対し、産経新聞は、本年5月16日付けの社説で「国民の常識や良識に照らし悪質な行為が、合憲や適法であるはずがない。警視庁の捜査は妥当である」という見解を示した。この意見は、日本国民の多数の意見に合致したものと考える。実に妥当である。
 今回、なぜこのような想定外の事件が起きたのか?想定外の事件が、何の前触れもなく突然起こるということもあろうが、大半は、その芽ないし原因が存在しているはずである。思い起こすと、令和元年に安倍元総理が、北海道で参議院議員選挙の応援街頭演説の最中に、一部の活動家が、街頭演説を妨害する意思で、安部氏に対し、ヤジを飛ばしたことがあり、それを北海道警察が摘発したニュースがあった。その後、摘発された2人の者は、北海道に対し損害賠償を求めた。その際、一審の札幌地裁は、北海道警察が2人を排除したことを違法と認定した。しかし、控訴審に当たる札幌高裁は、2人のうち男性については、警察の警告を無視して大声で連呼をする行為を止めなかったなどの理由で、警察の行為を適法と認め、札幌地裁の判決を取り消した。
 札幌地裁の裁判官の考え方の浅薄さには呆れるほかない。条文や判例を記憶する能力は抜群であるが、物事を大局的に把握し、理解する能力は劣っていると判定せざるを得ない。この事件を担当した裁判官は、何を根拠に弁士に対しヤジを飛ばすことを適法と認定し、反面、それを規制した警察の行為を違法としたのか?ここ20年余りの長期間にわたって司法試験の合格者が激増し、合格者の平均的な資質が劣化したことが影響しているのであろうか?自分が司法試験に合格した当時は、合格率3パーセントと言われていた。それほど合格することが難しい試験であった。当時は、中国の科挙にも匹敵すると言われたものである。
 しかし、昨今では、一定の能力があれば、努力次第で誰でも合格できる「ゆるゆるの試験」に成り下がってしまった。最近、首をかしげざるを得ないおかしな判決が出る頻度が増してきたように感じるが、司法試験が簡単になったこと(裁判官のレベルが低下したこと)が、ひょっとすると影響しているのかもしれない。
 話を戻す。街頭演説は、それを聴きたいと思う者が現場に赴いて、候補者または応援弁士の演説を直接聴くためのものである。演説を聴きたくない者が、わざわざ現地に集結して演説を組織的に妨害するためのものではない。話を聴きたくない者は、街頭演説の現場に行くべきではなく、仮に現場に行った場合は、候補者または弁士の演説を妨害する意図で大声でヤジを飛ばすことは許されない。適法に実施されている他人の演説を「妨害する権利」など、そもそも存在しないのである。
 そのような悪しき判例があったため、今回家宅捜索を受けた政治団体の代表も、とんでもない勘違いをしたのではなかろうか。このことから、今回のような、絶対にあってはならないことを引き起こさないためにも、選挙妨害行為に対する罰則を厳しくする必要がある。厳罰化が必須である。
 ところが、例によって、5月16日付けの岐阜新聞社説は、「現行法での対処が妥当だ」などという間違った意見を掲載した。これはおかしい。岐阜新聞の掲げる根拠は、極めて薄弱である。岐阜新聞は、第1に「規制に抵触するのを恐れて各候補者の選挙活動が萎縮する恐れがある」と言う。しかし、全く理由になっていない。要点は、他党の候補者の街頭演説を妨害するような行為を慎めばよいだけのことであり、これまで大半の事例では、各候補とも良識を持って行動してきた。岐阜新聞のいう「選挙活動の萎縮」とは、一体何を言わんとしているのか不明である。第2に、「国家が選挙活動に過度に介入するようにならないかも心配だ」と言う。これも何を言いたいのか不明である。他党の候補者の街頭演説を妨害する行為をしてはならないというルールは、民主主義を守る上で重要な考え方であるところ、そのルールを破ろうとする横着者を取り締まろうとすることが、何故、国家による過度の干渉に当たると言えるのか?全く理解できない。第3に、「聴衆のヤジなどにまで規制が及び、憲法が保障する表現の自由が侵害される懸念もある」と言う。これも一種の不当な拡大解釈に当たる。今回のような右翼の街宣車顔負けの大音量で他党の候補者または弁士の演説を妨害する行為を規制することが、なぜ、表現の自由を侵害することになるのか?このような間違った姿勢では、結果として、今回の妨害者の悪質行為を容認するということにならないか?岐阜新聞の社説は、疑問だらけである。

日時:17:31|この記事のページ

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