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弁護士日記

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危険な運転をする輩には厳罰が必要だ

2018年12月06日

 私は弁護士である。弁護士というと、一般の人の印象では、刑事事件の場合、罪を犯した被告人を弁護し、寛大な判決が下されることを目的として、いろいろな弁護活動を行う仕事ということになるのではなかろうか。
 一般論としては、確かにそう言える。しかし、私の場合は、少し違う。大いに違うといってもよいかもしれない。
 私が理想とする刑事裁判とは、社会のルールを破って、善良な市民に危害を加えた犯罪者に対し、法の許す範囲内で、なるべく厳罰(重い刑)を科し、犯罪者をして「今回の悪事を働いたことによって全く割が合わない結果が生じた。今後は、決して割の合わない悪事をすることをやめる」と決心させる作用を持つ裁判である。
 この世は、昔から3種類の人間で構成されている。第1に、社会にとって確実に有用な人々である。例えば、人類を救う画期的な新薬を開発した研究者が、これに当たる。その人の血のにじむような努力の結果、多くの人々が救済されることになるのであるから、その人物は賞賛に値するのである。
 第2に、薬にも毒にもならない人々である。我々を含めて、多くの者がこの類型に属するのではなかろうか。これらの人々は、社会に存在していても、特段の益をもたらすことはないが、悪事を働くこともない。一般の大衆がこれに当たる。日々、慎ましく生きている市民ということである。
 第3の類型は、悪人である。悪人又は悪党は、生まれながらにして悪人又は悪党であったわけではなく、成長する過程で悪人になってしまったのである。
 この悪人も全てが同類ではなく、矯正不可能の悪人、矯正可能の悪人、本来は善人であるが、ふと出来心で悪事に手を染めてしまった悪人という分類ができるのではなかろうか。また、第1分類又は第2分類に属する者であっても、心がけが悪いと、第3分類の悪人に転落する危険がある。
 さて、刑事裁判の目的であるが、私は、社会防衛という観点を重視する。この世は、第1又は第2分類に属する人々が暮らすための世の中であり、悪人が快適に暮らす場所(居場所)など用意されていないのである。
 このような見地に立って、昨今、話題になっている「あおり運転」について考察する。昨年6月、東名高速道路で、あおり運転をした石橋和歩の裁判がテレビなどで報道されている。12月5日、石橋被告は、被告人尋問を受け、いろいろと当時のことを話した。
 これまで、報道されている事実が本当であるという前提で、石橋被告自身の話を考えあわせると、「こいつは絶対に許せない」と感じた。何らの落度もない他人を2人も死に追いやっているのである。石橋被告の責任は重大である。
 ところが、石橋被告の弁護人は、危険運転致死罪については無罪であると主張している。今回のような事件態様で、危険運転致死罪に該当するか否かといえば、確かに争う余地はあろう。
 しかし、それは、犯罪構成要件に当たるか否かという次元における論争にすぎない。石橋被告がやった行為は、「人を2人死なせた」というまさに重大な悪事であり、私としては絶対に許すことはできない。過失運転致死罪には、法定の刑罰が定められているため、犯罪構成要件の枠による規制(最高で20年)があるが、それを別に考えた場合、懲役25年程度が相当ではなかろうか?
 日頃、私は、刑事裁判における量刑が軽すぎるのではないかという印象を持っている。今回の裁判官においては、なるべく重い刑を言い渡すように願っている。悪人どもから社会を防衛するためには、判決を受けた犯罪者に対し、「裁判官、いかにも刑が重すぎます」と泣き言を言わせるくらいの厳罰が求められるのである。

日時:15:40|この記事のページ

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